上手くなっていくことを、いつから素直に喜べなくなったのか。
回転が安定した、跳躍が高くなった。レッスンの後、娘がそう報告してくるたび、私は単純に嬉しかったのです。
でも今振り返ると、それは同時に、小さな怪我が少しずつ増えていった時期でもありました。上達と酷使は、別々の出来事ではなく、同じ一本の線の上にあったのだと、ずっと後になって気づきました。
渦中にいるときは、点としてしか見えていませんでした。今日は膝、来月は足首。線になっていることに気づいたのは、医師にドクターストップを告げられた日でした。
喜びと心配は、混ぜて振り返るしかないのだと思います。誰も責めずに、あの日々をもう一度たどってみたい方へ、その先の記録をまとめています。

