何年ぶりかに開きました。
久しぶりに映画観賞と読書をして、文字を書いて気持ちを伝えたくなりました。
書いてて、自分がここ数年物事を少しでも深く考えることをやめていたことを知りました。
ばあちゃんとじいちゃんが死んでから、いきるとはなんぞや、幸せとはなんぞや、とようよう考えるようになって、気付いたら先のことばっかり見るようになってしまって、それは世間で言う地に足がついた状態なんだろうけど、生きてる感覚がしないときが多々あります。楽しいと思う感覚が減ってきて、妙に同世代が若く見えたりして。
この前会った3歳児は遊んでるうちにテンションが沸騰してしまって、奇声あげて飛び跳ねてて、舞台の上でマイク振り回してるロックバンドみたいで、そんな瞬間がつい数年前に自分にもあったなーと、ばあちゃんの目線で思いました。
ばあちゃんは鉛筆で何往復もしたような深い皺をまとった顔で、ちいちゃん、うちの子にならへんか。と言うのです。
よく分かってないフリをしたけど、3回くらい言ったかな。
何言ってんの、もうおばあちゃんの子やで。
と毎度笑ってごまかしました。
ばあちゃんの世代にとって、家は決して物質的なものではなく、精神の拠り所であり使命なんだと。それを知ったとき、重たいとも寂しいとも美しいとも思わなかったけど、それを言うばあちゃんの顔はいつもと違って真剣で愛らしいのです。