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瓶文通信

雨のち晴レ。あわよくば「晴れ雨のちスキ」。

 中学生のころ、私は美術部に所属していた。といっても、皆思い思いの好きなキャラクターを描いているような漫画研究会と何ら変わらないのではない部活だった。

 その美術部は私が入学した年にできた部活で、顧問の先生もその年に他校からうつってきた先生。部員は私を含めた新入生6人と3年生が2人。3年生は何だかんだであまり来られなかったし、2人はすぐに辞めてしまったので私たち新入生の女子4人は随分と先生に可愛がってもらったように思う。たとえば休日には美術館に連れて行ってもらったし、その帰りには喫茶店でケーキをご馳走になった。大会も何もない部活には珍しく夏休みに集まってただダラダラと絵を描いたし、そのときお弁当を忘れた子がいればお金をいくらか渡してコンビニに買いにいかせた。

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先生は白髪まじりにメガネの男性の先生で、美術の授業中はわりとエグい下ネタばかりを言うため多くの女子生徒にはひかれがちで、その一方で男子には「女子生徒には成績の付け方が甘い」とやはり苦手意識を持たれていた。今でも私は先生が粘土で野菜のレプリカをつくるという課題を出して、女子生徒が作った茄子に「ち○こみたい」と言い放ったことを忘れない。ひどい話だ。
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 2年生になって後輩が何人も入ってきて人数が増えた頃には、先生も面倒が見きれなくなったのだろう、休日まで面倒を見てくれるほどの待遇はなくなったのだけれど、それでも夜遅くまで先生の隣で絵を描くのが好きだった。私は生徒会にも入っていたので、部活に出る頃にはほかの部員は既に帰っていることも少なくなかったのだけれど、先生もちょうど事務仕事を終えて美術室に帰ってくるころで、私の相手をしてくれた。「おやじやおばさんがさぁ、一生懸命踊るのよ。それが滑稽でねぇ」と教員の研修旅行について話してくれたのをなんとなく覚えている。美術室には私と先生が2人。日はもうとっぷり落ちていて、私はお母さんにでもなった気持ちで先生の愚痴やら笑い話を絵を描きながら聞いていた。
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 今思えば「先生」という立場の人といつも上手くやれなかった私が、珍しく好きだった先生だった。小6と中1の担任には陰口を叩かれたし、理科の先生とは喧嘩したし、高校では数学教師の蹴った机を蹴り返した。「『先生』という立場の人は『学校』が楽しかった人たちが就く職業なのだ」という母の刷り込みが正しかったかどうかは知らないが、「学校の先生」と呼ばれる人達の多くに幼さをを感じていたのも確かだ。とくに小中の先生には「なぜこのようなお子様脳の人達に教えを説かれねばならんのだ」と憤慨していた。

 だからこそあの美術の先生のことは今思い出しても少し、あたたかい気持ちになる。元気でいるといいんだけど。
何度も言うけども。わたし、「蛇にピアス」という映画がかなり好きで。
痛くてエロくて重くて、観たあともういいやーって思うけど、やっぱりまた観ちゃうんですなぁ。
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吉高由里子さんってドラマとかに出ても浮いちゃうイメージがあるけど、この映画ではそれが良い方向に浮いているというか。ふわふわしている若ものの「どこにも行けなさ」をちゃんと表現できているのです。

最近、これが再熱してずっとなんとなく流してます。ふふ

ちなみに他に好きな邦画は、「誰も知らない」、「フラガール」、「花とアリス」あたりです。バラバラ・・・