公平と効率、費用対効果分析 | 扶氏医戒之略 chirurgo mizutani

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身近で関心は高いのに複雑・難解と思われがちな日本の医療、ここでは、医療制度・外科的治療などを含め、わかりやすく解説するブログです。

公平と効率
公平と効率のトレードオフ(一方を求めると他方が失われるという関係)は、経済学の大きな問題である。公平とはきわめて簡単にいえばつりあいがとれていること、経済学的には、資源から獲得したものが社会の構成員の間に等しく分配されていることを示す。いっぽう、効率とは、社会が希少な資源から得られるものを最大限獲得していることを意味する。あるいはミクロ経済学の視点では、投入した資源に対して最大限に効果が得られることをいう。
いいかえると、公平は経済のパイの分け方についての規準であり、社会構成員一人一人は等しい扱いを受けるべきであるという考え方にもとづく。いっぽう、効率は経済全体のパイの大きさについての基準であり、社会の構成員一人一人の効用をできるかぎり高めるように希少な資源は無駄なく配分されるべきであるというパレート効率性の基準がその代表である。
ここでパレート効率性の基準を説明しておこう。社会構成員一人一人の効用を高めるように、希少な資源は無駄なく配分されるべきであるという主張には、多くの人びとが同意するであろう。いま、ある資源配分から別の資源配分に移行したときに、だれ一人の効用も低下せず、少なくともだれかの効用は高まるとする。これがパレート効率性の基準である。この場合、この移行は「効率性」の観点からは、より望ましい配分への改善になる。
また、資源の分配において社会の構成員一人一人が「等しい扱い」を受けるべきであるという考え方もまた、われわれの「世のなかはこうあるべき」問いう直観に合致するであろう。たとえば、全員が生産活動に等しく貢献しながら、だれか一人が消費財を独占する配分は、「公平性」の観点からは望ましくない配分であるといえよう。
なお、公平には水平的な公平、垂直的な公平、世代間の公平という考え方があるが、医療や福祉提供体制については水平的な公平が問題になる。いっぽう、介護保険や医療保険制度については水平的な公平のみならず、垂直的な公平、世代間の公平も重要な視点になる。

効率の視点
社会構成員一人一人の効用をできるかぎり高めるように、希少な資源は無駄なく配分されるべきであるという効率性の視点はどうか。もう少しわかりやすく個別の視点でいえば、最小の投入で最大限の効果をあげるという視点についてはどうか。医師あるいは医療従事者は予算制約を考えずに最大限の効果を求めることを目的にしており、経済学での費用対効果の考えとは異なる。
逆に、日本では「聖職」という視点で、医師が効率を考えることは望ましくないという教育がなされてきた。日本の医療制度である公的な診療報酬制度は、医師や医療機関が医学的に見て最善の行為をすれば、適切な価格が支払われるという仕組みである。その意味で、医療機関の経営は長期にわたって安定していた。しかしながら、現在では主に高度医療に対する負担、GDP(国内総生産)に対する医療費の割合といった経済的な考え方が導入され、診療報酬制度が改定されることで、赤字の医療機関が出現している。また、黒字の医療機関でも費用に対する考え方の問題から、将来に対する投資費用が捻出できないといった問題点が現れ、同じく診療報酬制度への批判になっている。

効率性の面から評価する手段が必要
ついで、効率性を分析する手法について概括しておこう。これらの手法は、経済学のなかでは応用編に属するが、医療のような実学にきわめて重要であるし、かつ政策で薬剤や医療行為の価格が決まるのであるから、個別の薬剤や医療行為の効率性、すなわち費用対効果は、医療経済学には欠かせない分野である。

費用効果分析とは
費用効果分析(CEA cost effective analysis)は、医療に用いられる場合(以下同様)には、費用をかけて行った医療行為により生じる平均余命の伸び等を効果として測る方法である。効果は同一の尺度、たとえば平均余命などで計られたものとの間でしか比較できない。

費用効用分析とは
費用効用分析(CUA cost utility analysis)は、上述した費用効果分析のような客観的な効果では質を考慮した平均余命の伸び(QALY's quality-adjusted life years)を用いる。すなわち、健康状態によって、同じ生存年数であっても質がちがうと考えるのである。すなわち、完全に健康な状態を一にして、たとえば失明していると0.5であると仮定する。そして、その健康状態×年数を効果として評価する。
しかし、そうはいっても個人間の感じ方のちがいを表現することはむずかしい。一貫性に欠け、効用の個人間比較が困難との指摘もある

費用最小分析とは
費用最小分析(CMA cost minimization analysis)は、同一の効用をもたらす医療のなかでもっとも費用のやすいものを分析する手法である。

費用便益分析
費用便益分析(CBA cost benefit analysis)は、これまで述べてきた分析方法とは異なり、応用範囲が広い。たとえば、公共投資が社会に及ぼすすべての影響(利益・損失)を貨幣単位すなわち金額として測定し、便益が費用に見合っているかを計算する。私企業の意思決定にも、売り上げ(便益)と費用を比較する、といったかたちで応用できる。
社会全体の意思決定では、社会的便益と社会的費用を比較する。たとえば、道路を建設するのであれば、便益として、
・節約時間
・自動車の運行費用の節減
・事故の回避・緩和
・既存道路の混雑軽減
・新規に発生した交通から得られる便益
などがあげられる。
いっぽう、費用として、
・建設費用
・維持費用
・料金徴収費用
などを計算し、便益と費用の差を考慮して建設するか否かをきめることになる。
医療の場合には、便益とは、自発的支払い額(消費者がその行為に自発的に支払ってもよい最高額、WTP、willingness to pay と呼ぶこともある)で計算する。ただし、医療分野の場合、便益や損失を貨幣に換算することはむずかしく、正確さに欠けるという批判がある。

薬剤経済評価とは
さて、こういった費用効果分析の例として、もう少し具体的に薬剤に対する経済性分析の例を取り上げてみよう。
薬剤の経済性分析のポイントは意思決定のための考え方であるということである。決定の主体は、ある薬剤に対して、保険での支払い、すなわち償還を認めたりするという視点では政府であるし、ある薬剤を使用するのかどうかというミクロの部分では、医師になる。
薬剤経済学は、当該医薬品を投与した場合に発生する費用と結果を明確化し、異なる治療プログラムを比較する。簡単にいえば費用対効果を考える根拠、意思決定でいえば、費用対効果を考えて治療を選択する根拠になる学問であるといえる。

マネジドケアの意思決定
薬剤経済評価の研究数はアメリカにおいていちじるしく増加している。そもそもアメリカでの薬剤経済研究の萌芽は1970年代後半であるが、その後目覚ましく進展し1966年から96年までの三十年間に五一八報があった薬剤研究が1991年から96年のわずか六年間に2000報を超えているという。これが何を意味しているのか、アメリカの状況を簡単に説明してみよう。
アメリカでの医療費は対GDP世界一である。このような状況を反映して、日本と異なりアメリカでは、医療費を抑えようと医療保険者が医療内容に介入している。これが有名なマネジドケアである。このときに、どういう基準で介入するか、いいかえれば、どんな医療を認めるか、この意思決定に使われるデータの重要な一つが薬剤経済学的なデータなのである。実際にマネジドケア組織はすべてが薬剤経済学やQOL(quality of life)の情報を勘案している。
具体的にはマネジドケアは、どんな診断・治療法を認め、どんな診断・治療法を認めていないのであろうか。安全性・有効性を重視するのはもちろんであるが、費用対効果も重要な基準になっていることが見てとれる。また、研究方法においてもRCT(無作為割付試験)や治療費用が重視されている。
日本でも意思決定法が、コストに敏感になってきている現状がある。さらに、EBM(根拠にもとづく医療)の進展にも伴い、薬剤経済学での根拠がより要求されるようになっていくであろう。これはある意味で、よりアメリカ的になるということであり、アメリカ的な発想法も必要になっていくであろう。
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