<AΘEの文字>
初期はフクロウに沿って湾曲し、各々のアルファベットは同じ大きさ。
BC480以降から、フクロウに向かって配置されるようになる。
Group ⅡA以降はダイの右縁に沿って一直線に並べられるようになる。
イプシロン(E)は右下隅を埋めるように、やや大きい傾向になり、左上隅のオリーブとの視覚的なバランスを取る役割となる。EはGroup V以降は他のアルファベットと同じサイズに戻る。
アルファベットのより詳細な変遷を説明したいと思います。
古代コインは摩耗が激しいタイプが多く、このような詳細な説明を見分けようとしても、全ての年代・タイプを確認することがそもそも難しいジャンル、本を読みながら、改めて感じました。色々なタイプを見たい場合はどうしたらいいのでしょうか...。
<Alpha>
BC480以前のSeltmanのClassH~Eにかけて左側が直線のものと両方の辺が傾斜しているもの(普通のA)が存在していた。BC525-501ごろは左側が直線のものが多い。
ペルシャ侵攻後のタイプには、両辺が傾斜しているタイプのみが見られるようになる。横棒は右に向かって傾斜するものが一般的である一方で、Starr分類のGroupⅡCはいくつかまっすぐのものもある。
<Theta>
初期は十文字の描かれ方だったが、BC480以降は◯と点として表されるようになった。
<Epsilon>
Class HとLでは斜め。Class Eでは巨大化し、まっすぐに描かれる。BC480以降はまっすぐ、並行な(E)になる。
BC480以降のスタンダードな装飾として、オリーブの葉、ツタ(渦巻き)、三日月がアテナとフクロウに加えられた。
長年、オリーブと三日月についてはペルシャに対する勝利に関連し、マラトンの勝利にちなんで採用されたデザインとSeltmanとその他の研究者は考えていたが、埋蔵貨幣の証拠からこれは否定されている(vol.2でも記載)。
このStarrの文献を読んでいて、次の三日月の説明がとても興味深く、印象に残りました🌙
Dr.Hermann Sorgeはフクロウの横に描かれた三日月は月の第一四半期に行われたサラミスの戦いを表すものと考えていた。
しかしStarrは①三日月は初期デザインにも見られたことので戦いとは関連付けられない ②月を描くと太陽との見分けがつかないため、三日月を描いた という点を指摘している。そして、月の第一四半期を表すのであれば、waning crescent (欠けていく月)ではなく、waxing crescent (満ちていく月)でないといけないという指摘をしている。
上記の考察から、Starrは三日月は単なる装飾的要素だったと考えている(ツタも同様)。
オリーブの葉については、『勝利の花冠』ではないものの、ペルシャ側の敗北以降に出現したモチーフであり、同様にペルシャと戦ったアルカディアのヘミドラクマなどにも見られることから、勝利を表す意図があった可能性は否定できない というのがStarrの見解である。
