スピリチュアルにハマったきっかけをたずねると、

「普通じゃないことが続いたから」

という話はよく聞く。ほぼ全員かなニコニコ


いろいろな不思議現象・神秘体験とか、不思議な出会いとか、運命的なご縁とか、なぜだか分からないけどなんか分かるようになってきた、見えるようになってきた

…などなど。


いろいろあるのよ。それこそ、人それぞれ真顔


それは単なる「お誘い」というか「きっかけ」というか、「そろそろ気づこうね」というサインというか…そんな感じ。


だから「なぜこうなった」と懸命に「答え」を探しても、そんなものはどこにもないのだ。



そして日常的にも、「サイン」や「メッセージ」はたくさんくるニコニコ


それらについて、

「自分だけに特別なことが起こっている」と思いたくなるけど、実は誰にでも起こるのね指差し人間は霊的存在だから。


で。

日常的にいろんなことが起こるわけだけど、それをいちいち追求していたらキリがないわけ。

そもそも「答え」はどこにもないから。


「これが答えだ」と思ってその時はスッキリしても何年後かにはまた霊的進化しているから、「あれ?もしかしてこういうことだったかな?」と解釈が変わる指差し人間は霊的進化・変容するから。


今日の私だって昨日の私ではないし。



「問題があって答えがある」

というのは、3次元的思考なのです。

学校で教わったやり方なのです。


「間違っちゃった」「不正解だ」「失敗だった」と3次元的に間違いだと思ったことが、「実はこれでよかったのだ」と数ヶ月後や数年後に分かるなんてことは、ザラです。


だから何が分かっても、曖昧にしておくのがいいんです。答えを求めようとしなくていいんです。



「何が答えか」と探るのではなく、

「それを知って私の心はどう反応したか」の方を大事にした方がいいです。むしろ成長できます。



例えば、

「これが正解だ!」と感じた時の心の動き。

もしかしたら優越感があるかもしれません。承認欲求、つまりエゴが満たされただけなのかもしれません。


「これは失敗だ」と感じた時の心の動き。 

自信を失ってガッカリするし自己否定に走るかもしれません。

そんな時、「本当にそうなのか?」「他にどんなやり方が考えられるか?」とちょっと踏みとどまると、次の展開が見えてくるものです。




それにしても、

答えがすぐ分かることが大好き、という方には、覚醒やアセンションは向いていないです。


そもそも、それらには答えが何一つないからです。