昨年報じられた、紀州うめどりの件をご存じですか?
紀州うめどりを育てる、和歌山県の有田養鶏農業協同組合が経営破綻し、およそ16万羽の鶏たちが、餌も与えられず放置され、大量の鶏が餓死し、死体が腐敗しました。
どれだけ鶏たちは苦しんだのか。
どれだけずさんな農場だったのか。
どれだけ人は命を軽く見ているのか。
LIAが克明に記しています。
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和歌山県の「紀州梅どり」を生産していた有田養鶏協同組合が経営破綻し、2019年12月~2020年2月までの期間に、所有していた3ヵ所の養鶏場で飼育していた16万羽の「にわとり」に対して餌を与えず餓死させた。
LIAは、和歌山県に情報開示請求を行い、にわとりが餓死し始めた2019年12月から、和歌山県が行政代執行に取り掛かる2020年3月までの事実を元に、
有田養鶏協同組合の元代表、当該理事、そして3ヵ所の農場管理責任者らに対し、
にわとりへの飼料未給与によって16万羽のにわとりを餓死させ、
適正な衛生管理と飼養環境の保持を果たさず、
廃棄物の処理、排せつ物の処理、排水の処理を怠り、生産動物飼育者としての責務を放棄し、
多大な環境負荷をかけた行為は、
13に及ぶ法律、施行規則、基準、和歌山県条例のそれぞれの違反に該当するものとして、和歌山県警察本部長宛に告発状を提出していた。
これに元付き、和歌山県警は捜査を行い、
2020年7月17日に有田養鶏農業協同組合(同県有田川町)代表理事、平松重人容疑者を逮捕、
取り調べ後、身柄は釈放されたものの、
事件は2020年8月12日に
「動物の愛護及び管理に関する法律違反」・
「廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反」・
「家畜伝染病予防法違反」・
「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律違反」・
「水質汚濁防止法違反」・
「悪臭防止法違反」
の容疑で和歌山地方検察庁に書類送検された。
しかし、事件を受けた和歌山地方検察庁は、令和3年3月19日、これらすべてについて不起訴とした。
処分理由では、動物の愛護及び管理に関する法律違反・廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反は「嫌疑不十分」とし、
家畜伝染病予防法違反・家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律違反・水質汚濁防止法違反・悪臭防止法違反は「嫌疑なし」とした。
※この記事では、養鶏場の実際の写真、殺されたにわとり達の実際の写真を掲載した。
実際の写真を見て和歌山地方検察庁の徳地俊昭検事が「嫌疑不十分」「嫌疑なし」とした状況を確認していただきたい。
不起訴とする処分理由には、その理由に応じて「嫌疑なし」・「嫌疑不十分」・「起訴猶予」の主に3種類である。
「嫌疑不十分」とは、嫌疑がないわけではないが、立証するだけの証拠が不十分、
「嫌疑なし」とは、全くの人違いだったり、違反とする証拠がないなどが明白であるということなどであるが、
広範な裁量を有している検察官が下した決定処分の考慮要素として、
軽微な犯罪など刑事訴訟法248条では、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重、情状、犯罪後の情状が挙げられる。
仮に検察官が、元代表のこれらの情状を酌量し、
飼育していたにわとりの餓死が止むを得ない状況や事情などで避けられずに起きた「事故」と判断したものであるならば、
不起訴としたのは大衆論理に沿ったものと言えるのだろうか?
ここからは、皆さんの中にある最大限の想像力を駆使して、自分が渦中の人物になったつもりで読み進めて頂けたらと思います。
その現場に自分が居たとして、何をどう考え、何をして、何が出来て、何が出来なかったか、具体的に何をするべきだったのか、それをやろうとしたのか?、それをやろうとしなかったのか?
それを具体的に想像しながら「自分だったら」と考え、読み進めていただきたいと思います。
以下は、LIAが入手した資料を元に、時系列および鶏舎ごとに状況を整理した。
この事態の発端は、2019年12月7日、元代表から県に「資金繰りが悪化し経営が厳しいので相談したい」との連絡から明らかとなり、県と組合側、関係筋との連日に亘る協議の場が設けられた。
この時はまだ「保証金があるので餌はそれで賄える」との判断だった。
しかし、最初の相談から僅か3日後の12月10日には手形不当たりを出した。
これにより「保証金があるので餌はそれで賄える」とし
「現金で餌を購入して、にわとりを食鳥処理し現金を得て最後まで飼養する」としていた見通しが、
支払いを済ませると現金がなくなり飼料会社から餌を止められ、食鳥処理業務も停止した。
取引のあった他の企業関係者らも、他府県域へと食鳥処理やレンダリングの手配に奔走したが頓挫した。
(※レンダリングとは、死亡したにわとりの可食用に用いられない屑肉などから粉末肥料、飼料、洗剤などの原料となる動物油脂およびミールを作ること)。
12月18日になり、有田養鶏農業協同組合の元代表は「鶏の飼養継続は不可能」と認めていたが、
組合理事から「自分たちにはやりたい計画があるので我々の方法でやらせてほしい」と一転し、
3つの養鶏場の内の「下の川農場」の土地がJAからの借地である為、JAから有田養鶏農業協同組合に対して「下の川農場を通常運営する」と申し出があったが、
有田養鶏農業協同組合は、JAの協力体制や和歌山県の助言を断る決断を下した。
その自分たちの方法とは、「一部を出荷し、死ぬにわとりが増えるが、レンダリングもするし、農場の掃除も時間を要するが自分たちでする」というもの。
(上記の「死ぬにわとりが増えるが」とは、予測していた死亡理由が衰弱死や餓死とも取れるが、出荷予定を過ぎたブロイラーは心臓肥大やその他の疾患で死ぬ鶏も増えるという意味合いとも取れ、どちらの意味かはここでは不明)
和歌山県は、有田養鶏農業協同組合の危機的状況に対して、打開策を模索し続け、協議を続けていた。
しかし、自分達の遣り方でやろうとする有田養鶏農業協同組合が譲らず、
12月20日、これらの協議は決裂状態となり「にわとりの所有者があなたたちであるため、これ以上無理強いはできない」とし、
和歌山県側は、有田養鶏農業協同組合に委ねるしかなかった。
このような状況に陥った場合でも、
現在の法律において、行政が警告を発しても応じない畜産事業者に対して、
農場に押し入り、適切な飼養を取らせる強制的権限を行使する術はなく、
ただ繰り返し農場を訪問して劣悪化している状況を確認しては指導書を渡す以外にないのが法の壁。
和歌山県畜産課は元代表や理事に対し、
にわとりに餌を与えず飼養していることについて、再三の助言や指導を口頭や文章で通達し、
にわとりの飼養に対し改善を求め続けていたが、
動物愛護の観点からも虐待であり悪質だとして動物愛護法違反で告発することとなった。
奔走しても暗転し続け、混迷と錯綜とで八方塞がりの中にある当事者の心情や姿を思えば、胸が締め付けられ、込み上げてくるものもある。
しかし、この騒動に憔悴したり激昂したりする当事者になった数多くの人々を間違いなく支えてきたはずの傍らにいた「にわとり」の身に起きていた実情は、
人の心情などとは関係がなく、苦しみの中で「生きようとする命」であり、
また、次々に死んでゆく「いのち」であり、言葉に絶する絶望的な状態となっていた。
「私たちのやり方」
にわとりを出荷できない、餌が買えない、死んで廃棄物となった鶏を引き取ってもらえる場所もない。
その最も犠牲になった16万羽のにわとりは、ある日突然餓死したものではなく、1羽1羽が必死に、どうにかして生きようとした「にわとりたち」の壮絶な日々を、彼らの苦渋さと骸を標べに、ここに記します。
※以下、今回の事件の実際の写真です。
「美山農場」
12月17日、この農場のにわとりは入雛(にゅうすう・ひよこを孵卵場から農場に導入すること)されたばかりで、
ヒナの導入日が、12月4日、6日、
そして元代表が県に経営悪化の相談を持ちかけ、にわとりに与える餌がないことを問題視していた同じ日の7日、更に10日、11日と、経営難と運営継続が危機的状況にある中で36,511羽を飼養し始めた農場。
早くもこの日、11日に導入したばかりの8,600羽(日齢6日目)の飼料タンクは空になっていた。
また、鶏糞が過去に飼養されていたにわとりの糞を数年にわたり堆積させ、高さ30㎝まで積りに積もった状態で次々と飼育し続けていたことが判明した。
この「紀州梅どり」とは、梅漬けを製造する際に、生産量の半分近くの梅酢が副産物となるため、
梅酢エキスを利用した飼料をにわとりに与え、その鶏糞を利用して紀州梅を育てることで持続可能としたブランド鶏肉で、
優良県産品「プレミア和歌山」に選ばれて、年間150万羽を出荷する人気の商品であったが、
現実は、このような状態であり、これが「紀州梅どり」の実態である。
「肉食者の食卓を支える為に飼育されているにわとり」が出す糞の量は凄まじく、「紀州梅どり」も同じ状況であり、
「紀州梅どり」というブランドを支える為に飼育されていたにわとりからの糞は、
紀州梅を育てるには、有り余り、常に余剰し、行き場のない鶏糞は処理される事なく床面を覆いつくし、30㎝以上堆積していたのだ。
大腸菌やブドウ球菌で汚染された糞で埋め尽くされた鶏舎で飼育し続けていた不適切極まる紀州梅どりの飼養は、にわとりの足や体に直接付く敷料(しきわら=糞尿を吸収するために床に敷くもの)の不良さから、
まず、足がアンモニアで焼け始め、怪我などにより様々な菌に汚染される。
足の病気だけではなく、健康や成長など、環境からくる一因が弊害として全てに悪影響を及ぼすものであり、
百害あって一理なしとして、飼養者ならば誰もが熟知する基本中のことであり、
それを知りながら敢えて敷料を交換しない飼育姿勢が虐待であり、
そのような初歩的な事すら出来ず、命あるどうぶつを飼育しているという自覚が全く無い、悪質すぎる農場であった。
そして12月下旬には、全ての餌タンクは空になり一番幼い14日齢のヒナ全てが全滅した。
※多くの幼いヒナが身を寄せ合って死んでいるのがわかる。
生まれてほんの14日、ただ悪戯に衰弱させ、餓死させた。
つまり、経営が破綻しているにも拘らず、入雛したのだから、餓死させる為にこの農場に連れてこられたという事になる。
※畜産どうぶつは、どのような状態で飼育されたとしても、最後は刃物で首を切断されて出血多量で殺害される事には変わりない。
それ以外の15日齢から21日齢のにわとりも大量に死に、1月末には、鶏舎の外にも悪臭が漂うようになった。
数年も堆積した不潔な鶏糞の上と、仲間の腐敗した死体の中にいる幼いにわとりは、誰のためにここきたのか・・・・・
全ては「肉を食べる人」のためではなかったのか?
この頃、農場には従業員の姿すらなく、2月中旬には10羽を残し全てのにわとりが全滅し、大量の死骸が置きざにりされたままになった。
「猪谷(いだに)農場」
12月中旬…35日齢から55日齢になる本来ならば出荷間近の70,998羽のにわとりがいた。
(※梅どりの飼育期間は53~55日)
この農場も鶏糞を1年以上堆積させたまま、床が糞で高く盛り上がった悲惨な状態で飼育し続け、
産業動物を飼育する立場にありながら、にわとりに対する防疫や衛生管理の意識や安全の確保など日常的に一切配慮されていない経営体質とする証左とも言える。
やはりこの時、飼料タンクの餌の残量は0の鶏舎が複数棟あり、2万5,000羽には餌が与えられず、残っている鶏舎の餌も数日で底をつく状態だった。
また、堆肥舎では死鶏を燃やし、大量の鶏糞から煙が上がるなどして以前には火災も発生させていた。
12月末頃から、敷料の状態が更に悪化し、にわとりの足はぬかるみ、体は糞の汚泥にまみれ、汚れていった。
餌は1~2棟分が残っているだけで、にわとりの生存している14棟の鶏舎には一粒の餌さえ残ってはいなかった。
従業員も確認できないほど、にわとりが大量に死に続け、日報への死鶏羽数の記録が止まった。
(※畜産農家は、毎日死んだどうぶつの数を記録している。特ににわとりの場合はほぼ毎日、死亡するので、それを記録している)。
にわとりは空腹を凌ぐために多飲となり、様々なストレスが加わると軟便や水用便になる。
それが更に追い討ちをかけ床面の悪化を加速させ、そこは糞でできた泥状の沼地の様相になり、その沼の中に体が埋まり、身動きが出来ず、最後には体がつめたく冷え切って、自分達の糞の中に埋もれて死ぬしかなかった。
堆肥舎に積み置かれた死鶏には、カラスやトビが50羽以上群がり、そこが餌場となっている様子が常態化し、処理仕切れない大量の鶏糞が堆肥舎の横の川に流れ込んでいた。
1月の初めには、全鶏舎の記録は遂に途切れ、にわとりの半数が死亡した。
堆肥舎では大量の鶏糞から煙が発生し続け火災の恐れがあるほど炎が出始めていた。
川には鶏糞が日常的に垂れ流されたままであったが、改善する者は誰もいなかった。
1月16日
食肉処理会社に出荷する作業を行っていた2ヵ所の鶏舎からにわとりが外に逃げ出してしまっていた。
施錠管理のミスは、出荷作業上での出入りの煩雑さによる明らかな人為的によるものであるが、にわとり達は、どんな気持ちで外へと出たのだろうか・・・・・
これでも彼れらは生まれてまだ生後70日前後のひよこと同じ声で鳴く幼鳥だ。
きっとお腹が空いて、心細くて小さな声でピヨピヨと誰かの助けを呼んでいたに違いない。
にわとり達は後に行方不明となり、野生動物に捕食されたと考えられており、その他にも彼らと同じ鶏舎から外に出たにわとりが、既に野生どうぶつに襲われたと思われる死骸が鶏舎の周囲に散乱したまま放置されていた。
本来、すべてのどうぶつは愛護を受けるべきである筈だが、
「産業どうぶつ」は「人が食べる「たべもの」」としてのみ需要し、
尊厳を尽く奪い取り、
これを人は「当たり前」だと考え、
供給を行う畜産業者と、需要としての消費者を許し続けてきた。
今回の場合も「餌をあげて欲しかった」「ちゃんと飼って欲しかった」と、皆は異口同音を言うだろうが、この目を塞ぎたくなる惨状に忍びないと心が憂うなら「金輪際は食べない」という選択を取るべきである事は記すまでもない。
ましてや、この期に及んで「感謝して食べる」など在り得ず、「食べない」という選択のみが、この問題の根本的解決なのだ。
養鶏業者である生産者は、再度、自分がこの場所に居て何が出来て何をしなかったのか、出来なかったのかを胸に手を当てながら自分に尋ね反省し、
一生涯背負い、
また、肉食者である消費者は、これを今後の自身の生活を変えるきっかけとし、言い訳せず、食欲に流されず、実践してほしい。
拷問に値する報いを何故にわとりだけが受けなければならなかったのか?
1月下旬には悪臭もさらに強くなり、死んで腐敗した「にわとり」から染み出た大量の体液で劣悪化した床面に、絨毯の様に横たわる屍の中でもなお、まだ2,003羽が生きていた。
堆肥舎の煙は近隣からも確認できるほど大きく上がり、出火も見られた。
川には鶏糞が流れ続けて、これまで20日間以上も垂れ流していたことになる。
鶏糞からの出火を止めようとしたのか、山積みになった鶏糞の上に消火ホースが引かれ継続して放水させたまま放置されていた。
もうこの頃には作業員の姿も見えず。
ほぼ全ての鶏舎の給水器からは水が漏水し床が泥状で水たまりになり臭気は更に強くなっていた。
にわとりの体にはウジも発生する様になり、死屍累々の中で「4羽のにわとりがこの状況で生き残っていた」。
「下の川農場」
14日齢から41日齢の89,695羽が飼育され、3ヶ所の農場の中では一番多くのにわとりが飼養されていた。
ここは、11月にヒナが入雛され、一番若いヒナでは12月4日の導入となっていた。
12月中旬のこの日、25日齢のにわとり5,398羽には餌を与えられ、その後、この一部は食鳥とし出荷になった。
しかし、この時点では、16棟中3棟の鶏舎9,800羽分の飼料タンクはゼロになっていた。
和歌山県知事が定例記者会見で、11月頃より同組合の経営悪化を聞いていたと述べていたが、
その状況が更に悪化し続けている中で、ヒナを11月と12月に入雛することを躊躇せず、強引に舵を切った経営判断で招いた犠牲の多さは、元代表曰く「虐待するつもりはなかった」の一言で本当に無罪放免となりえるのだろうか?
年末には、9割の鶏舎の餌が切れた。
49日齢の鶏舎では、水道管の不具合で鶏舎が水没し4,800羽中1,800羽もの大量のにわとりを溺死させた。
また、35日齢の鶏舎では、外気による低温や鶏舎内の高湿度が理由とされ、鶏舎にいた約半数2,500羽のにわとりを大量死させ、死体の上に死体が重なり、数日後には、生存していたにわとりも空腹と水没と寒さでほぼ全滅した。
人々がクリスマスにチキンを頬張って年末年始に浮かれていた頃に、空腹と、寒さの中、体まで水に浸かって大量のにわとりが死んでいった。
挙句には床の状態が悪いと言う理由で鶏舎の給水が止められるなどし、餌ばかりでなく水も与えられなくなった。
水道管の不具合、鶏舎の高湿度や低温対策、床状態の悪化など、環境不良の「理由」は、その全てが従事者の飼養姿勢の低さで招いた状態である。
人の事情(理由)によってにわとりが死に、帳尻合わせの度毎に、更ににわとりを窮地に落とし入れ、水すら飲ませないこの業界。
これが「人に食べられる為に生まれさせられ、金儲けの為に育てられ、出荷される搬送の際に見る屋外の景色が最後の地球の景色となり、首を刃物で切断され、血が吹き出し、もがき苦しみながら死んでゆく「食用どうぶつ達」の一生だ。
全ては、どうぶつの肉を食べる人の為に行われている。
鶏舎の従業員は、鶏糞や、にわとりが死んだ後の死骸の後始末だけを行う毎日の労務。
そして、今、ここに生き残ったわとりは、どうぶつでも、命でもなく、たんなる産業廃棄物。
食鳥処理に出荷された後の鶏舎で取り残されたここにいるにわとりも。
※4号鶏舎(レールは出荷時に使用する物)
このとき、4号鶏舎の58日齢になった2,500羽のにわとりは、人の気配に反応する気力も無く、うなだれて何かを待ち続けることや人の情も諦めて、ただ朝と夜を繰り返す以外になかったのか?
1月中旬になると死亡したにわとりが増加し悪臭の発生が始まる。
1月下旬、鶏舎の敷地の外からも悪臭が確認できるほどで、周辺地域からが苦情が殺到し始めたが、↓この折り重なる死体の中で、まだ3羽のにわとりが生きていた。
2月14日、仲間たちが次々死んでゆく凄惨な光景を目に焼き付けて、にわとりは全滅した。
戦場と同じ悲惨な光景、しかしこれは、現代で起きている事である。
にわとり達は、何を考え、何を思い、どんな気持ちの中で死んでいったのだろうか?
和歌山県は2月21日、元代表に対して「にわとりの死骸から悪臭及び害虫が発生することのないように適切に処置せよ」と、
廃棄物の処理及び清掃に関する法律第19条の5に基づき、3月3日までとする履行期限を決めて措置命令を通達したが、
3ヶ所の農場には10万羽の死骸が取り残された状態だった。
「美山農場」では、8棟のうちの3棟で死骸と鶏糞が放置され、1棟ではハエとウジが発生していた。
「猪谷農場」では、19棟中16棟で死骸と鶏糞が残されハエとウジが発生し、
鶏舎の横壁の一部が金網を張っただけで密閉されていない構造となっていたため、腐敗臭が外へと漏れ出し、
山裾にある堆肥舎では鶏糞の発酵熱による自然発火が継続していた。
「下の川農場」では、16棟中15棟に中量から大量の死骸の放置と腐敗臭が発生し、
農業用水への汚染が懸念され、近隣住民から「悪臭がする」などの苦情が相次いだ。
さまざまな環境や衛生面などの問題が表面化し始めたが、この時、有田養鶏は存続している状態であり、
地元区からは「勝手に消毒作業などを出来ない状態である」とし、
和歌山県へ対応を陳情する声が噴出するほどの事態にまで発展していた。
和歌山県は、それぞれの農場で措置命令が期限内に履行されていないと言う理由で、
費用の概算による見積り額を9,922万円とし、
支障の除去等の措置実施を元代表に通知して、3月23日に行政代執行に着手することになった。
にわとりの死骸の撤去と処分が毎朝9時から午後4時まで、和歌山県の職員や家畜保健衛生所職員らにより開始され、
作業日報には、強い臭気のために作業が困難で業務が難航する様子が記録され、連日の厳しい苦役が続けられていた。
そして今年3月31日に、1年間という長い時間と、多くの人々の激務と、和歌山県民による多額の税金が投入され、
にわとりを取り巻く乱れた世情がこの農場にいたにわとりの一生に投影され、
あの短く苦しく悶絶とした生を閉じて、腐った屍がポリバケツの中で焼却される日を待つ日々がやっと終焉し、全ての処分が完了した。
(※経営者に放置されて殺された大量のニワトリを浄化しようとして集まった推定数億匹のウジ虫やさまざまな昆虫は、腐ったニワトリ達の遺体と共に、生きたまま焼却され、更なる地獄となった事は記すまでもない)。
これが組合と元代表らの行使した「私たちのやり方」の結末だ。
ちなみに、3ヶ所の農場の従業員は、一昨年12月27日付けで解雇されていたが、
農場の後始末(鶏糞や死鶏の処理などの作業)のために組合からの依頼を受けて再雇用され農場作業に従事した。
しかし、給与未払いの中で不安を抱え、彼らもまた理不尽さに戸惑い、苦しんでいた。
御坊労働基準監督署は、組合とその代表、それに鶏肉の加工などを行っていた吉備食鶏組合が、従業員40人に対して一昨年12月から1か月分の給与を支払わなかったとして、最低賃金法違反の容疑で3月17日に書類送検していたが、和歌山地方検察庁は、2つの組合と代表の、いずれについても「諸般の事情を考慮し、起訴猶予とした」として、7月24日付けで不起訴処分としていた。
つまり、この事件に関するすべてが「不起訴」であり、誰も罰を受けることなく、全てが終わった。
さまざまな命の権利を守る為に作られている法律があるにも拘らず、16万羽の命に対する償いが法的に行われないのが「私達が暮らしている日本という国」なのだ。
この件に関与した多くの人々にとって、自分を軸とした様々な主張があり、そしてこの記事もまた、LIAが行った調査事実という一部の側面かも知れない。
けれども、これまで人々の生活を「死をもって金銭に変えて支え」、「食料として人の命を支えてきた事実」を絶対的根元に据えなければならない存在の16万羽のにわとり達は、人の主張の意のままに解釈されようとも、拷問の中で死に絶えた事実は変わらない。
この事実と真実は、にわとりが焼却され、灰になろうと、元代表が不起訴になろうと、人々の心からも消え、記憶からも消え、またこの事件が風化されようとも、絶対に未来永劫消え去ることのない、拭いきれない重罪なのだ。
令和3年1月21日付で環境省と農林水産省から「農場における産業動物の適切な方法による殺処分の実施について」という文章が全国に通達された。
-------(引用)-------
今般、ある畜産事業者において、首吊りにより時間をかけて豚を窒息死させる行為や、適切な治療や殺処分を行わずに放置することにより鶏に餓死や衰弱死を招く行為が行われているとの情報を環境省において確認しました。
(中略)
適切な方法による殺処分が行われていない事態や飼養保管が適切でないことに起因して産業動物が衰弱する等の虐待を受けるおそれがある事態が認められたときは、速やかな改善を求め、改善の意志がない場合は、警察への告発を含めて厳正に対処するよう御対応願います。
-----(引用終わり)-----
環境省と農水省の縦割り行政が連携し、産業どうぶつへの虐待行為に対し、断固として厳正な対応を求める通達内容となっている。
しかし、この業界に浸透している根深い因習は、法整備や行政だけに委ねても、肉食者がいる限り、にわとりへの非業は今後も無くなることはない。
生産どうぶつを飼養する上で、飼養者として重要な責任を伴い、必ず行わなければならない時がある「淘汰」。
淘汰とは、基本的に、にわとりの首を力づくでひねって殺す(頸椎脱臼)を行う事であり、怪我をしたり病気になったにわとりを飼育者が意図的に殺害する事であるが、
衰弱したり回復の望めないないにわとりが目前にいても「そのうち死ぬだろう」と常日頃からこれを無視し放置して餓死させるなど、養鶏業界ではごく普通で、全国の養鶏農家で、ありふれ過ぎるほど日常的に行われていることである。
この事件で「餓死させた」と多くの人が憤ったと思うが、それは、1羽か10羽か100羽か16万羽かの数の大小の違いだけであり、上記「環境省と農林水産省」によれば、
淘汰をせずに放置する行為を虐待としない養鶏業界全体の一部だったこの組合が、経営破綻をきっかけに、たまたま飼っていた16万羽を出荷せず、淘汰せず、衰弱させ、餓死させたという違いだけである。
(※LIAは、活動しているメンバー全員がヴィーガンであり、当然ながら「淘汰」を容認していませんし「屠殺」自体を認めていません。
※「淘汰」とは、この業界内で日常的に行われている、弱ったにわとりや奇形のにわとりを人為的に殺す「まびき」の事を記しています。)
この16万羽の命が受けた飼育に不快を示すなら、養鶏場にいる弱った1羽の飼養に対する虐待行為にも目を瞑ってやり過ごしてはいけない。
この組合の体質も、これまで1羽の回復不能にある弱ったにわとりを淘汰せず、
衰弱や餓死を見過ごすことを繰り返し、無視して放置することが「異常ではなく普通」であったから、
生産不能に陥って餌がなく飼育困難の状況にありながら、にわとりの未来を予測できてたとしても「淘汰」する飼育者としての責任を放棄して16万羽の虐待行為に陥れた。
憤るならば、人々が今、自らの口に入れている卵や鶏肉を生産しているほぼ全てのこの業界の虐待行為を咎める必要があるのです。
そして、何故この業界の人間は弱って生産に値しないにわとりを淘汰せず無視して放置するなどできる様になるのか・・・・・。
それはとても単純なことで、淘汰するなど誰もやりたくはない。
数千羽、数万羽のにわとりがいて、毎日弱っていくにわとりが多すぎて、いちいち淘汰などしていられない。
勝手に死んでくれて手間が省ける...そんな感覚に陥るのは、人として、既に精神の何かが崩壊しているからである。
その場所こそが、一般的に存在している養鶏場であり、
人が食べても食べてもお皿を空にしても、もっとくれ、もっとくれ、もっと旨いものを食べたいという望みに応えて「にわとり」を誕生させ、
価値がなくなれば無視し、
愛も護りも絶対にない「にわとり」以外が壊れてしまった場所だということをどうぞ決して忘れないでいてください。
そして、それは「チキン」などと呼ばれる食べものではなく「いのち」ある「にわとり」というどうぶつである事を忘れないでください。
「有田養鶏が万策への対応をしつつも最後には悲惨極まる苦痛を鶏に与え惨状と化した実態は、
普段からのこうした業界にある腐敗した慣行が慢性化し、
使い捨てにできるほど雑多に多い鶏を、命あるどうぶつではなく、消費される商品のみとして扱い続け、
その商品への利用価値が無いと判断すれば、生産過程で生じた無機質なモノであるかの様に、不良品・欠陥品・破損品・規格外品・粗悪品と見放し、
意味のない・価値のない・劣った・評価の出来ない不可価値品でしかなく、
であるからこそ当時、餓死寸前でありながらも空腹や不快に喘ぎ生存していた鶏を前にして、無視し続け放棄することが出来たのであって、
ここまで携わってきた人々の無慈悲さ・無責任さ・無自覚で傲慢で配慮のない意識の低さが如実に表れ、
動物の命を扱う姿勢が皆無であったが故の、なるべくして招いた事態なのだと言えます。
こうした背景にいた健康とは言えない生涯に生きていた鶏が、年間7億2,403万1,123羽(H30年実績)が人々の食へと流通されました。
(1年間で7億2,403万1,123羽)
この羽数の中には有田養鶏が育てた「紀州梅どり」の鶏たちも含まれています。
採卵鶏では通常720日間、採卵鶏やブロイラー鶏の親鳥である種鶏は通常450日間飼育されます。
採卵鶏は食用卵への採卵目的のため、そして種鶏(親鳥)は、採卵鶏を孵化する卵、ブロイラー鶏を孵化する卵を産み、人間の目的に叶う卵を生涯産み続けています。
人と長く生活するこれらの鶏たちの飼育下でも、怪我や病気があっても処置も施されず、立つことが出来なくなれば水も飲めない状態で放置され餓死させている事実が常態化しています。
焼却炉施設のある養鶏場では、生存していても商品価値に適合しない駄鶏(だけい)とされて、淘汰されることなく生きた状態で焼却している農場も多くあります。(上記のブロイラー農場でも同様です)
この様に採卵を終えた鶏も成鶏または廃鶏と称され、9,606万5,985羽が食肉処理され、H30年の数ではブロイラー鶏を含めた全総数8億2,009万7,109羽の鶏が人の食料になりました。
【 1年間で8億2,009万7,109羽 】
消費者が「美味しい」と言い、食べている鶏とは、
無情なまでに酷使され、人道的な倫理感など皆無であるかの様な飼育下で生きるどうぶつでありながら、
消費が下支えするが故に、莫大な数の鶏を孵化させ、雑多で、ぞんざいに扱われて、虐待され、ゴミと同様に使い捨てにされています。
この業界の悪慣行が正に消費者に対する最大の裏切り行為であるからこそ、
この問題が発覚したときに多くの人が憤ったのだと思い至る反面、
有田養鶏の予備軍はこの業界全体に存在し、そして大多数であること、
そして人々が憤ったその要因とは、回り回ればそれは多大な鶏の消費にあり、
その消費の後押しこそが飼育者を虐待者に変え、増幅させ、それぞれの鶏の命および命ある鶏の権利とその尊厳を貶めているものと考えます。
尊厳を奪われる宿命にある鶏を誕生させたくはなく、またそこに携わる人々も、そして消費する人々全てをその虐待行為に加担させたくはありません。
何百年の時間が経過しようとも悪習に染まり続ける養鶏業を撤廃させることが最大の願いです」 。
最後にここまでお読みくださった方々へ。
「放し飼い」だろうが「バタリーケージ」だろうが全て同じ。
人間に利用され、命としての権利を奪われ、死んでもなお、自然界の食物連鎖には戻れず、産業廃棄物として扱われる「いのち」なのです。
「感謝して食べる」とか「いただきます」の意味とか、そんな罪悪感を感じている人間達の自身への慰めと逃避の為の言葉とは、一切関係がなく、そんな意識も言葉も思いも絶対に届く事がない「絶望の鶏舎と屠殺場」。
そんな「認知的不協和」の繰り返しによる産業に対して「私は食べない」という選択が、あなたには今からすぐに出来ます。
今すぐに出来る。
にわとりは、悲惨な一生の境遇を嘆くより、今そこにある苦しみで「痛いよ、お腹が空いたよ、喉が乾いたよ、苦しいよ、怖いよ」と鶏舎の中から死と隣合わせで誰かを呼んでいる。
その悲痛な叫び声は、どの鶏舎にも満ち溢れ、その鶏舎に入ると、助けてと言わんばかりに懐にすがるようして飛び込んできては小刻みに震えます。
痛みを癒し、飢えと渇きを満たせば膝の上ですやすやと眠りにつくのが養鶏場で生きて死ぬ全てのにわとりたち。
彼らの短い人生の悲しい旅路は誰からもずっと否定され...
彼らは一度も優しさを知らず...
彼らは今までに心の底から気にかけてくれる人に見てもらえる機会が一度もなかった。
「ねえ、見て」
「ここにいるよ」
「声を聞いて」
「私の命をどうか認めてください」
人の生活圏から離れた場所にひっそりと建てられている鶏舎内の「にわとりの心」を知るには大いなる想像力がいるでしょう、
けれど、にわとりの命がけの切望と希求に共鳴をくれた「あたな」を信じて今この時も鶏舎の片隅で叫んでる呼んでいる。
「殺されるために生かされているこの場所から出して欲しい」と。
にわとりとは、卵や、そのちいさな体で命を払わなくても生きられるどうぶつとして、今から共に「にわとり」の声になってください。
どうか「にわとり」の尊厳を一緒に。
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これを読んで、皆さんはどう感じるのでしょうか。
この現実を知ってもなお、感謝とか、いただきますといった言葉に意味がある、とでも言うのでしょうか。
この無限の苦しみを直視してもなお、植物も同じ命だ、とでも言うのでしょうか。
まるで、戦場のようです。
何の希望もなく、苦しみしかありません。
この子達にとって、生きるとは何なのか。
人間とは何なのでしょうか。
この件に怒りや、悲しみを感じるのであれば、肉を食べることをやめなければなりません。
鶏が放置され餓死させられることは、全国の養鶏場で頻繁に起こっていることであり、この件ではたまたま1か所に集まっていて、可視化できるようになったからにすぎません。
もし、肉を食べながら非難するということは、残酷な実態は見えないように隠蔽しろ!、と言っているのと同じです。
これら農場は、見て分かる通り、平飼いになります。
バタリーケージの悲惨さが広まり、平飼い卵を買うという方が増えていますが、仮にバタリーケージが全廃され、全てが平飼いになったとしても、上記のようなずさんな体制の業者は必ず、数多く出てくるでしょう。
面積が広い分、バタリーケージよりも手間がかかり、より作業が雑になっていくでしょう。
面積が必要な分、土地の確保が必要になり、より環境破壊が進み、野生動物たちの住処がなくなっていくでしょう。
当の鶏たちにとって、平飼いはあくまで、バタリーケージよりはマシ、という程度のものでしかありません。
最終的には、動物性のものを食べない、というところをゴールにしない限り、このような悲惨な現状は終わることはありません。
どうか言葉ではなく、行動によって、動物達に尊厳を与えてください。
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