翌日、病院の通常面会時間に妻と母の所へ行くと、酸素濃度が90まで達することがなかなかなく気を揉みました。呼吸が苦しそうでしたが意識はハッキリしていて、認知症がある母でもここが病院だと教えると、周囲の建物などをきちんと答えることができ、その点はホッとすると言うか自分のことがわかっているようで嬉しく思えました(^_^)。
また明日来るねと言って病院を出て、今日から明治神宮野球場で開催される乃木坂46のLIVEの雰囲気だけでもと行きました。
真夏の全国ツアーはトラックが名物です。これを見るだけでも醍醐味を味わえます(^^)。
祝花のよだちゃんと美月です。
一推しのよだちゃん(与田祐希)ののぼりの前で、当然私も撮ってもらいました(^.^)。
グッズ購入をしたら抽選券をくれて、無作為なのによだちゃんのカードでしかも『あたり』が出てラッキーでした‼️これで母も復活するかな?とよく解釈しました。
実物大のパネルでよだちゃんとさくらちゃん(遠藤さくら)。よだちゃんとさくらちゃんの身長差がハッキリわかります。
小川彩ちゃんもかわいいです♡。
夏の野外ライブは歳のせいか自信がないので、雰囲気だけを楽しみにやって来ます♪。
しかしこの雰囲気の中で病院から電話がありました。今夜を越えられるかどうかですという内容でした。さっき会った時はあんなにしっかりしていたのに…。まだ自宅へ帰っていない私達は、病院へトンボ帰りです。そして妹の所へ連絡をしましたが、妹は数日前から細菌性髄膜炎で入院してしまい、子ども達(甥と姪)が急遽病院へ来てくれました。その時に看護師から退院後の生活についての書類にサインを求められ、私はなんの気無しにサインしました。妻は母の退院はあり得ないのでそれは死が近づいていることを察知したそうです。コロナが5類移行になっても病室での付き添い(宿泊)はできず、終電で帰宅しました。
帰る時に母と「おやすみなさい。」を言い合って、帰宅し床に就きました。早朝5時過ぎに病院から電話があり、今すぐ来てくださいと言われました。その時に母の着替えを持って来て欲しいと言われました。妻が母の家に自転車で着替えを取りに行き、私はタクシーを呼んで妻と合流し、病院へ向かいました。母は既に息を引き取っていました。甥と姪にも連絡をしておいたので、甥が姪を乗せて車で駆けつけてから医師の説明を受けて死亡時刻を決定しました。テレビドラマのように枕元で、お母さんお母さんと泣き叫ぶこともなかったこともあり、自分の親でも人間の一生とはあっけないものだと力が抜けました。原因はあってもなぜこの段階で死ななければならないのか今でも納得できません。私は生前母に、私の仕事は社会的責任があるので親の死に目にも会えないからねと言っていました。そのことをわかっていたのか、私の公休日に死んだ母。しかも最後に交わした言葉は「おやすみなさい。」…永遠におやすみなさいだったのです。母は何でも計算づくだったのかねと妻とよく話します。
病院で葬儀屋さんを呼んで母を退院させました。母が昔から、最後はこの国立病院の裏口から出たいと言っていた通りになりました。都内の火葬場は満員御礼状態で、母も一週間の順番待ちとなりました。母は葬儀社で冷凍人間として過ごすことになりました。母を見送り私達はデニーズでモーニングしました。泣いている暇はありません。母の死後の手続き関係に追われるひと月が始まりました。
この数日前にリリースされた、和ちゃんが初センターの乃木坂46のニューシングル「おひとりさま天国」♪。
枕元で母に「おひとりさま天国」に行っちゃったねと言うと、口元が微笑んだように見えました。