ヴラドは太陽が昇りゆく音を耳にすると追いつめられた気持ちで神殿へ行くのを諦め、百合子の家へと向かった。あそこなら半日くらい身を隠す事は出来る。ラドウに捕まってしまった百合子の事は迫り来るワルプルギスの夜までは安全だという確信があった。ただみすみす彼女を渡してしまったことが不甲斐なく想い、この戦いに勝てるのかと一抹の不安がよぎる。ヴラドは百合子の部屋へ入るとカーテンを全て閉じ、百合子と二人で聞いた曲を流した。クローゼットを開けるとそこはまだ百合子が作ってくれた寝床がそのままあり、体を入れると百合子の香りにつつまれ暫しの眠りへと誘い込まれる。
もう、自分は一歩も動けない程体力を消耗していた。そのせいか周りの異変に気付く事が出来なかった。
黎明達は百合子のマンションへ到着するとまず周りを調べ始めた。ラドウの手下はいないようだった。茉莉子玄関の扉を開け中へ入ろうとすると昨日かけたチェーンでドアが開かない、亘が工具を出している隙に唯一は廊下を走り出すとベランダの方へと廻りだした。扉が開いたときには部屋に入っていた。皆も警戒しながら部屋に入ると
「唯、早まるなよ。お前一人じゃ奴を倒せない」
唯一は黎明の言葉を無視してクローゼットの前で立ち止まると銃を取り出し茉莉子の方へと向けた
「お前、そんな物何処で…」
「黎さん。それ以上近付かないで下さい。僕は本気ですよ。ここで茉莉子さんが死ねばラドウは目的を果たせない…そうすればヴラドは戦わなくてもすむ」
茉莉子は唯一に銃を向けられたまま、リビングのソファーに平然と座った。
「私はヴラドと戦う気はないわよ。ただ、姉ちゃん達を助けたいだけ…唯一君。もうレイに全部話したら」
「そうだな…今は何を優先すべきかが大切だ。第一、みんな生きて戻れるとは限らないみたいだし…」
「マコ、先輩、唯一!お前達何か隠してるのか?唯一…もしかして神殿からヴラドを逃がしたのは…お前か…ずっと俺を騙していたのか」
「そうだよ。僕が逃がしたんだ…あんなに弱っていたら自力じゃ逃げられないよ」
「どうして…」
「僕はあなた達と同じようにラドウに両親を殺された。でも、違うのは神父様にではなくヴラドに育てられたんだ。彼は僕を息子の様に愛してくれた。それが、二年前に父さんは僕の前から姿を消した…ずっと捜してたんだ。彼は人を殺したりしない…だから…彼を殺さないで」
「もういい…いいんだよ。我が息子よ」
低い地底から響くような声と共にクローゼットの扉が静かに開いた。
「ヴラド?」
茉莉子は乾涸らびつつある変わり果てたヴラドの姿を見つめた。
「また逢いましたね。」
「ヴラド…あなたなの?」
茉莉子がヴラドの方へ近付こうとするとヴラドの表情に苦悶の色が浮かぶと、唯一は素早く空いている方の手を口へもっていくと歯で咬みきりヴラドの口へとやった
「お願い…二人は近寄らないで…今は、あなた達の存在…だけで…」
ヴラドは唯一の血で見る見る内に元の美しい姿へと戻って行った。ヴラドは力が戻ると慌てて唯一の体を抱き留めると自分の指を爪で少し傷つけると唯一の手首に傷口をサッと撫でると傷口が一瞬の内に塞がり唯一がうっすらと目を開けた
「父さん…良かった」
そう呟くとまた意識を失ってしまった
「唯一君っ」
「大丈夫。貧血で眠っているだけです」
ヴラドは唯一を抱え上げると百合子のベッドの方へと連れて行きそこへ横たわせた。
「君達の好きなようにして頂いて構わないですよ。ただ一つ願いを聞いてもらえれば…百合子を助けてくれ…そして、二人を助けてくれ」
ヴラドは薄く差し込んで来る光でまだ辛そうにしながらも六人の方をじっと見つめている。茉莉子はヴラドがクローゼットへ入れるように黎明の手を取り少しその場から離れた。ヴラドも感謝の意を少し表すと中へと入っていったが扉は開いたままだった「お姉ちゃんをどうするつもりだったの?貴方の仲間にするつもり?」
ジョージと亘はソファーへと移動をし、神父がクローゼットの前へと行った
「お久しぶりだね。君はあの頃と変わらないね…私はこんなにも年をとってしまったというのに…今は休みなさい。まだ貴方には力を借りなければならない」
そういうとクローゼットの扉を閉めてしまい、ジョージと亘が立ち上がると大きなテーブルを二人で持ち上げそれをクローゼットの前に立てかけて完全に陽が入らないようにした。暫しの沈黙の中、台所でココアを入れていた礼二がリビングに入って来て皆にそれを配った。
「そんな悪い奴じゃなさそうじゃん」
「先輩は何も判っていないんだ。所詮、吸血鬼は吸血鬼でしかないんだ!さっきだって見ただろう、唯一の血を飲むのを…」
「ここは呉越同舟と行こうじゃないか黎明」
皆、礼二が入れてくれたココアを黙って飲みだしそれ以上誰も会話をしなかった。
いつしか皆眠り始め、黎明と茉莉子は二人で近くの公園のブランコに座っていた
「朝の公園って気持ちいいね。やっぱりみんな凄く疲れてたんだね…」
「お前も疲れてるんじゃない?」
「私は大丈夫よ。さっき車の中で少し眠ったし…その前も誰かさんに眠らされてたし…レイの方が疲れてるんじゃない?ぜんぜん寝てないでしょう」
「実は俺もさっき車の中で居眠りしてた。珈琲でも買って来ようか?」
「うん。あの角曲がったら自販機あるよ。ホットにしてね。カフェオレがいいな」
茉莉子は歩き去っていく黎明を見つめながらブランコを漕ぎ始めた。