今日は、クリスマスイブ。
街は華やかなイルミネーションに彩られ、町を行く人々は皆幸せそうに見える。
麻子は午後の早い時間に美容院へ行きヘアースタイルを整えると今日の為に用意したプレゼントと赤いドレスを身に纏い婚約者が迎えに来るのを待っていた。
今夜は独身最後のクリスマスイブ。
明日からは田舎で花嫁修業だ。
東京での最後のクリスマスを彼とその仕事仲間達のクリスマスパーティーで過ごす。
はずだった・・・
彼は、急な仕事とやらで迎えには来ず、独りでパーティーに出席し、シャンパンタワーが彼女に向かって倒れてきた。
最悪なパーティー。
最悪でも最悪でなかったのが場所がホテルだったこと。
すぐにシャワーを浴びドレスも乾かせた。
全てが終ったのはもう日付も変わる間際だったことを除いて。
麻子がロビーに下りると既にタクシー乗り場では長蛇の列が出来ていた。
「お車ですか?」
ポーターらしき男が近寄ってきた
「ええ、長距離なんですけどね」
「今日は、難しいですよ。駅までのシャトルはまだありますけど」
駅まで行ったところで同じことなのだろう
「乗合でよければ個人的に手配できますよ。その代り相当寄り道は覚悟で、ただ利点はありますよお金が格安になることとクリスマスになる頃に独りで居ないで済む」
麻子は、ポーターをよくよく見るとホテルの人間ではないことがわかった
「で、あなたがその乗合の運転手?」
男は笑うと
「いえ。僕はメッセンジャーですよ。サンタを呼びますか?」
麻子はここでただあの列に並んでもしかたないので
「じゃ、十分以内にサンタが来るのなら」
と、答えた。
「じゃ、こちらへ」
もうすでにワンボックスカーはエントランスに停まっていた。
「迷える子羊を一人ご案内」
男がそういうとドアが開いた。
麻子が乗り込むと車は走り出した。
タクシー待ちで並んでいる人々をよそ目に車は走っていく。
少しの優越感を麻子は味わっていた。
車は順調に進んでいた。
このまま誰も乗り合わせては来ないかのように走っていく。
大分、都心から離れた時だった。
丁度、赤信号で停まっていると何者かがドアを叩いている。
麻子は驚きながら身を縮まらせるとその音は車の前方に移りフロントガラスを血まみれの手が叩きつけられる
「ちょっと」
麻子の声と同時に運転手は窓を開けると
「救急車が来ないんだ!」
運転手は即座に車から降りると
血だらけの男たちが乗り込んできた。
男の一人がどうやら交通事故にあったらしく腹から大量の出血をしている。
血だらけの男を一番後部座席に寝かね付き添いの男は必死に上着で腹を押えている。
「近くに病院はあるの?」
「少し離れてますけど救急病院があります。そこに向かいましょう」
運転手はすぐに車を走らせ、麻子は運転手とけが人の方を交互に見続けた。
ようやく病院が目の前に見えたとき
「ちくしょう」
という声が発せられた。その声に驚き運転手が急停車させると声を発した男はバランスを崩し、何か固いものが地面へと落下した。
その物体を見て固まる麻子。
そこにまたもドアを叩く音。
男は落とした拳銃を拾い上げると麻子にコートを脱げといい、コートを剥ぎ取ると死んだ男の上に掛け運転席の方へ向かうと銃を見せ付けた。
運転手は怖さのあまり間違えてドアの開閉ボタンを押してしまい三人の後ろでドアがゆっくりと開いた
「ああ、助かった。メリークリスマス。駅まで乗せて欲しいんだけど」
初老の夫婦が乗り込んできた。
銃を持った男は麻子の隣に座り込み運転手に車を出すように指示した。
「ああ、良かった。ぜんぜん車が来なくてね、このままここで夜を明かさなくてはいけないかと思ったよ。後ろの人はこれか(酒を飲むポーズをし)私も早く部屋に帰って飲みたいよ。ホテルの傍に宿をとってましてね」
「でも、後ろの方、寝てたら風邪引くんじゃないかしら、起こした方がいいんじゃない」
「風邪引かなければいいけどねぇ。私たちも今日は孫とクリスマスを祝おうとやってきたんだけど孫が肺炎になって、さっきまで付き添ってたんだけどようやく良くなったからひとまずホテルに帰ろうと思って」
今、この車は銃を持った男にジャックされているというのに…全然夫婦は異変に気づかない。
車が駅を通り過ぎると夫婦も異変に感づいてきた。
「ちょっと、ここらで降ろしてくれんか」
ご主人が口にしたが車は停まらずそのまま走り続けている。
「あの、お客さん。そろそろガソリンを入れないとなくなってしまいますが」
運転手は男にそう告げると
「すぐ其処にセルフのスタンドがあります。そこに寄っていいですか」
「ああ」
車はスタンドへと入って行った。男と運転手は車をロックすると降りて行った。
「あの男。銃を持っています。私は縛られていて動けないんですけどそこら辺に私のバックがないですか」
麻子が話しかけると主人の方がバックを椅子の下から見つけ
「ありましたよ」
「携帯が入っているので警察に」
妻の方が鞄から携帯を取り出すが
「ダメだわ。掛からない。どういうことなの」
「あの男が血まみれの男と乗り込んできて銃を持ってて、貴方たちが乗り込んできたの」
「目的はなんなの」
「そんなことわかんない。銃を持っているのがわかったのが貴方たちが乗り込んできたときでそれからは、見ての通りよ。貴方たち以外誰もしゃべらないんだから」
麻子は涙をあふれ出しながら
「早く帰りたい・・・」
「貴方なんとかしなさいよ。男でしょ」
妻になじられる夫だが、自分に言われても相手は銃を持っているのだ。
「ううぅうう」
「ひゃっ」
後ろからうめき声が上がった。主人の方が死んでいた男に近寄ると
「まだ死んでおらん。気を失っていただけだろう」
コートを剥ぎ、傷跡を調べる。
「出血はひどいがすぐに輸血すれば助かるだろう」
「じゃぁ私たちも助かるんじゃない?人殺しじゃないんだから」
麻子がそういうと
「それはどうかしら」
と妻の方が言うと
「とにかく、奥さん。私のこの腕を自由にしてください。あいつが戻ってくる前に」
「お嬢さん。それは出来ないわ」
「何故?助かるには今しかないじゃない」
その時、ドアが開いた。
「何動いてる?」
「貴方のお仲間死んでいないわ。すぐに縫合して輸血をすれば彼助かるわよ」
「病院になんか連れていけないに決まってんだろう」
男が仲間を見つめながらそういうと
「大丈夫。心配いらないはああ見えても主人は医者なの。私たちの家に行けば治療もできるし、誰もいない。私たち全員が助かるわ」
「保障は?」
「嘘だったらその銃で殺せばいいでしょ」
車は夫婦の診療所に向かって走り出した。
夫婦の診療所は人里離れたところにあった。
まさしく今の状態にうってつけの場所だ。
運転手と銃を持った男が怪我をしている男を中へと運び夫婦も一緒に降りていった。
一人車中に残された麻子は自分は忘れられた存在なのかと思いきや、再びドアが開き銃を持った男に家の中に入るよう促された。
診療室では運転手が手伝って手術が行われていた。
銃を持った男は不安げに銃を弄りながら時間を潰していた。
麻子はクリスマスの飾り付けを施されたリビングに座りながらこの悪夢のような時間と戦っていた。
外では、雨が降り始めていた。
雨音しか聞こえない。
医者の妻が台所から温かい紅茶を運んできた。
「貴方はここら辺は始めて?」
麻子はティーカップを握りながら
「さぁ、暗かったのでここが何処かもわからない」
「そう。ここは別荘地だから。夏は涼しくて秋は紅葉が綺麗。でも、冬は誰もここにはこない…」
「そうなんですか…」
「近くに湖があるの」
「そうですか」
「恋人と来たことないの」
「さぁ、そういえば…何年か前に紅葉の季節に湖に行ったことが」
「そう。」
「貴方の彼は車に乗ってる?」
「ええ、もちろん」
「どんな車?」
麻子は奥さんの様子がおかしいと思いながらも
「セダンですけど。普通の」
「三年前は?」
「三年前?あの頃は…オープンカーだったかしら、それが」
「まっ赤なとてもかっこいい車でしょう」
「なんで・・・」
ゆっくりと麻子は倒れこんでいく
「それはね、その紅茶には筋弛緩剤が入っていたからよ」
ソファに倒れこんだ麻子につめたい表情で
医者の妻が語りかける
「眠ってもらったら困るの。ちゃんと私たちの言葉を聴いていてもらわないと」
妻は語り始めた。
三年前の秋。都会から赤いオープンカーに乗ったカップルがこの避暑地にやってきてある犬を轢いた。
その犬は医者夫婦の娘が失った息子の代わりのように大切に飼っていた犬だった。
犬は数日後、湖で発見された。
車で轢かれた上に湖に捨てられていたのだ。
娘の子。医者夫婦の孫も実は交通事故にあい湖に投げ飛ばされ死んでいた。
娘はその事故を思い出しクリスマスの日に湖に身を投げて死んだ。
今日はクリスマス。
麻子は車椅子に乗せられ手術室に連れて行かれた。そこで行われた手術は内臓の変わりに重石を入れられたことだった。
そして、そこに横たわっているのは婚約者の姿。
男たち三人がかりで死体を運び、後から妻が車椅子を押してついていく。
医者の妻はジングルベルを口ずさみながら…
死体と車椅子の間には長い赤いロープが結びつけられている。
二人を結ぶ罪の赤い糸。
男たちが死体を湖に放り投げると赤い糸はするすると伸びていく。
車椅子に縛り付けられている麻子は声も上げることも出来ず
ただ冷たい八つの眼に睨まれているだけだった。
麻子がのったそりはクリスマスの夜明けまでに見えなくなっていた。