土葬(衛生新篇より)①
明治6年(1873)7月、明治政府は火葬禁止令を布告した。この布告により、神道式の土葬と仏教式の火葬の間で激しい論争が勃発した。この論争は明治8年5月に火葬解禁令が出されるまで続き、その後、火葬は現在に至るまで埋葬方法の主流として位置づけられて居る。しかし、令和の時代に入り、再び埋葬に関する議論が顕在化している。特にイスラム教徒による土葬墓地を我が国の自治体が認可するか否かという問題が浮上している為である。 鷗外全集第32巻には「衛生新篇(下)」が収められており、その73ページには土葬に就いて主に衛生学的視点からの考察が記されている。森林太郎の原文を可能な限り忠実に現代語に翻訳したが、幾つかに分けて記述したい。本文では科学的根拠に基づいた土葬墓地の衛生管理の重要性が説かれて居る。即ち、林太郎の意図やその内容を正確に伝えることを目的とするものである。「衛生新篇」鷗外全集32巻p73~ 葬事 Leichenbestattung、Begräbnisswesen. 土葬又埋葬 Erdbestattung、Beerdigung 穢れは等しく除かれるべきである。汚物に対しては棄てると謂い、屍骸には葬ると謂う。 葬儀はその方法によって異なり、また衛生上の重要な関係を有している。葬儀の方法は非常に蕃(ばん:多くある)している。人生における重要な儀式に属する一つであり、且つ宗教的にも関係して居る。そのため、衛生上の原則に基づいて俄かにはこれを改め難いことは、今尚古に(今も昔も)同じである。 目下、文明諸国に於いては土葬が本葬とされて居る故に、先ず土葬に就いて論じる。 屍体が地面に埋められると、その土を汚すことについて論を俟つ(待つ)までもなく、実際に土を汚す量は意外にも少ない。試しに年々の死亡数を平均24‰(パーミル)とし、その体重の平均を40kg、さらにそのうち3.25%が有機質を含むと仮定して計算すると、千体の屍体より生じる有機質は312kgになる。今これを千人の生活から産生する廃棄物量28353kgと比較すると、屍体が土地を汚す量は僅かにその1%に過ぎないことが分かる。 それならば伝染病死の危害はどうであろうか。土中に埋められた屍体中の病原菌が生存する期間は甚だ久しくないのである。 コレラ菌やチフス菌は19日後にはまだ生存しているが、28日後には復活せず生存しない。ペスト菌は17日後には生存しているものの、28日後には復活せず生存しない。結核菌は一層速やかに枯死するようである。これは獣の死体について調査して得た結果である(Klein、1905年)。 汚物の分量がこのように少なく、病原としての危険もまた微少であるとはいえ、さらされた死体を畏怖するのは人間の常情(普通の人情)である。そして、人間の常情には決して邈視(ばくし:無視etc.)出来ないものがあるため、住環境との関係に就いてもまた十分に攻究して一定の規律を設けるべきである。 人や動物が死ぬと分解が起こるのが常である。そして、この分解を営むのは下等有機体であり、朽敗(Verwesung)は主として黴菌(微生物)によって引き起こされる。一方、腐敗(Fäulnis)は主に分裂菌(細菌の一種)に因る発酵菌の影響を受けるが、これらの影響は概して微少である。 朽敗と腐敗を区別するのは、朽敗が酸素の供給が充足な時に起こるのに対し、腐敗は水中や湿った土中に在って空気欠乏の時に於いて発生するためである。故に朽敗は酸化性分解作用で炭酸と水とを生じ、腐敗は還元性分解作用で炭化水素と硫化水素とを産生する。 この両作用に方(よ)り、蛋白体及びその子質(デリワアテ:Derivat、成分物質)は特異な分解を受ける。これらは皆、最終的な産生物である炭酸や炭化水素の前段階にあり、また細菌活動によって生じる。即ち具体的には、プトレイン、アミノ酸、グルタミン、ロイシン、チロシン、インドール、スカトール、フェノール、揮発性脂肪酸(牛酪酸、バレリック酸、カプロン酸)、アンモニア、炭酸アンモニウムの類がこれである。 脂肪は、グリセロールと遊離脂肪酸とに別れ、不溶性蛋白と産膠質(:腐敗や分解の過程で生じる膠状の物質)とは溶解性もしくは揮発性体となる。これにより、屍体を柔化して流動化し、更に壊爤(壊れ廃れる)し腐敗が進むことで、最終的には毛髪、歯牙、骨片だけを余すのみとなる。もし朽敗作用に障害が生じることがあれば、或る時は礆様(鹸様)変質と成ることもあり、木乃伊(ミイラ)変質と成る事もあるのである。 鹸様変質(Saponification)は、屍蝋変成(Leichenwachsbildung)又は脂蝋変成(Fettwachsbildung)とも称され、屍体の諸部位に於いて見られる現象である。その色は帯黄白色もしくは灰白色で、これを切断すれば脂肪様の光沢があり、非常に柔軟な質感がある。これに触れれば溲粉(たいひ、堆肥)のような感じがあり、全く悪臭もなく且つ該当部位の外形を保有している。 この変質に関する物質はまだ詳細には解明されて居ないとはいえ、一説には脂肪が石鹸様の形態抱合を成せるだけに止まらず、蛋白が脂肪に変化したものと考えられて居る(Kratter、Lehmann)。 鹸様変質は、水中または湿った粘土中に埋葬された屍体において観察され、密閉された棺や甚だしく汚れた土中、及び合葬に於いても目撃されて居る。故に、この変質は空気の欠乏、土地の湿潤、もしくは多量の汚物によって催進(促進)されたものと考えられる。 Kratterの説に従えば、この変質に至るには必ず段階が存在し、その第一期に来ては腐敗が始まり、通常は3週から4週後である。次いで変質開始期に移行し、この時期には蜂巣状の構造、皮膚及び骨髄が皆前述の変化を被る。そして遂に第三期に達し、蛋白質の鹼様変質が完了する。但し、この変質はむしろ3か月以降に起こるものであり、それ以前には決して生じることはない、と。 木乃伊(ミイラ)変質Mumificationが成立すれば、屍体は乾燥し水分を含む組織(皮膚、皮下組織、筋肉及び内臓)は皺縮し、ただ水分の乏しい骨質と屍体の外形のみが旧来のままに止まる。軟部であった皮膚は羊皮状になり変わり、皮下組織と共に殆ど骨に密着し、内臓は暗色の固塊に変じ、筋肉は暗褐色を呈し極度に硬化する。古文書及び古代の人は一種の薬料を用いて木乃伊(ミイラ)を作り上げたが、我々は亜砒酸を用いて同じ目的を達成する事が出来るのである。 また乾く間際の物、即ち乾熱の砂地もしくは空気中に置かれた時は、このミイラ化が促進される。これは水分の蒸散が迅速に行われ、朽原菌や腐敗菌が共にその力を発揮することが出来ないからである。熱帯の沙漠(砂漠)や鉛板屋の下、及び窟墓の中の屍体にミイラが見られるのは、まさにこの理由によるものである。砂土の他にも、このミイラ化変質を媒介する一定の土種が存在する可能性があり、それについてはまだ詳細が明らかにされていない。 墓地は世間一般的に忌避され、医師もまた多くの恐れを抱いている。土に埋められた屍体が壊敗することで土地が汚染され、空気を瀆し(けがし)、また水を溷して(にごして)健康が害される事を慮って居るからである。衛生家はこのために検索を積み研究を累(かさ:重)ねた結果、従来の臆想(:推測し想像する事)は少なくとも過慮(考え過ぎ)に属することが明らかになった、とは言え、初めから平夷(:簡単、容易etc.)に見るべきではない。 人が疑懼(ぎく:疑って不安に思う事)を抱くものを指を屈して数えれば、以下の数項を挙げる事が出来る。曰く「屍体の分解によって生じるガス(腐氣または朽氣)」、曰く「土地の汚穢(おわい)」、曰く「井戸水の染毒(毒に汚染される事)」である。 腐氣または朽氣Fäulnissgase od. Verwesungsgase、即ち屍体から発生するガス(:屍気Leichengase)は、疾病に至る可能性が高いと信じる者が多い。今、これを査析(調査分析)すると、腐氣中には軽量の臭気成分のほか、二酸化炭素、水素、硫化水素、抗酸化物質及びアンモニアを含み、朽氣中にはただ二酸化炭素のみが主に存在する。屍体に触れた空気は、これらのガスを吸収して多少の酸素を失う。 その結果、一種特異な墓臭Kirchhofgeruchが生じ、その中にはよく知られた屍氣の成分の他に特性の物質を含んでいるか否かは疑問の焼点であり、なお検索を要する所である。この厭悪(えんお:嫌悪)すべき異臭は、礫墓(れきぼ:棺の底に石を敷いた墓)よりも砂墓(砂利を敷いた墓)に著しく、且つ常に第一回の還葬期が終わった時に発生する。 Fleckの説に従えば、これは既に分解し終わった「ラザルの屍」が土中に存在し、発掘されて地表に出ても、死後からの復活を遂げずその地表で遺体は腐敗すると云う。「ラザロの復活」wikipediaより<注>「ラザル(ロ)の屍」とは、死んで土葬されて4日目にイエス・キリストによって蘇った人物(ヨハネによる福音書)。 同氏はまた墓地の炭酸ガス量を測定した。屍体が在る深さに比し地下0.5メートルの所に於いて、その炭酸ガス量がすでに半分に減少して居る事を発見した。すなわち、屍氣は土中に於いて既に土壌のために大いに希釈される事を知るべきであると。ましてや、地上に出た場合に於いては、Pettenkoferの算定によれば、還葬期間を10年間として556体の屍体を埋めた場合、3716.12平方メートル(サッカー場の半分ほどの広さ)の地面上にある十分の一のガス層中には、その屍氣が混ざることは決して500万分の一を超えることはないと云う。 塋気(えいき:墓地による空気感染)はまた、十分に病芽を載せて、四方に伝染することは出来ない。しかしながら埋葬を行う儀式の如く、厚い土層で覆われて居る間に於いては、全く憂いはない。ただし、蟲豸(ちゅうち:虫や小動物など様々な小型生物の事)に属する生物がその存在を担い地表に匐出(ふくしゅつ:這い出して)して伝播の媒介となることは、未だ確認されていないとはいえ、その可能性を否定する事は難しい。 埋めた屍体の為に土地が汚されることは疑う余地がない。その壊爛(壊れ廃れる)の過程で生じる液汁は、雨水や地下水の助けを借りて土中に浸潤するのである。そのため、その汚染の度合いは土壌の質や屍体数等の関係により大きな相違があるとは言え、法に則って手入れされた塋域(えいいき:墓地)に於いては、従来人々が想像していた程、甚だしい汚染ではない。 Hoffmannの説に従うと、土葬の為に汚された土地が危害を及ぼすに至るには、地下水が時に上昇して棺が浸るか、又は緻密な粘土中に砂の層があり、そこに地下水が流れ込んで蘸(つけ:浸す)る場所に限られる。千百の屍体より生じる多量の分解物は、この機会に乗じて一順に洗い去られるのみならず、漸次浸漬されている霊園の中では、腐敗作用が振興しているのである。 墓地が井戸水を十分に汚すことがある事は、前述より明らかである。その汚染の原因としては、化学毒(Ptomaïne:有害物質)や病原菌が考えられる。 筋肉が壞爛(壊れ廃れる)する事に方(よ)り、布土麻(ふどま:腐敗による生成物質)を生じる。即ち、腐敗は亞爾加魯(アルカロイド)を生成するのである。その事に就いてはPanum、Schmiedeberg、Selmiらが報告しているが、とりわけBriegerの調査に徴して明らかである。 Briegerは特に人の屍に就いて、Cholin, Neuridin, Neurin, Cadaverin, Putrescin, Saprin, Trimethylamin, Mydalei等を発見し、他の腐肉中にも又他のアルカロイドが生成される事を捜し出した。同氏の報告によれば、人の屍に含まれる腐敗による生成物質Mydaleinは劇毒であり、Cadaverin, Putrescin 及びTrimethylaminは時に応じて毒性を呈すると云う。 Brouardel、Boutmy、Schwanertらの学者の徒は、更に他の腐敗物質・アルカロイドを析出した。これらの物質には、死後数時間で既に産生されるものもあるとはいえ、有毒なものは晩(おそ:遅れて)くして生じる事が多く、敗壞(腐敗)の初期には生成されないことが多い。即ち、Cholinが消滅して(凡そ第七日目に)から、その後に初めて猛毒の主であるNeurinの生成が達成されるのである(Briegerによる)。 今日まで知られている、及び今後知られるべき即毒布士麻伊涅(ふとまに:感染症を引き起こす病原体が繁殖しやすい生育環境によって直接的に毒性を表すこと)の他に、蛋白体の分解産成物が間接的に害を及ぼすものが存在する。この布土麻伊涅は、即毒(:直接的な毒性)の作用を呈さないとは云え、伝染原が生息し繁殖するのに適した環境を提供する、所謂感受性を助長することになる(Uffelmann)。 故に、もし多量のPtomaïne(:有害物質)やToxin(:毒素)、有毒な蛋白体等が井戸水に混入することに於いては軽視してはならない。とは云え、これは実に稀な事例に属する。何となれば、地下水と棺との間には常に土層があり、これによって隔てられている。この土層は吸攝力(きゅうせつりょく:吸収力)と濾過作用があり、溶解した有機質を留め、また細菌を尼むる(取り除く)作用がある。従って、この土層が薄すぎるか、砂の層が存在するか、もしくはその土質が粗石で覆われて居る場合の他は、土壌の状態が適切であるならば地下水や井戸水を保護する能力は足りて居ると言えよう。 Fleckがドレスデン市の墓地における井戸水を検定し、Uffelmannがロストック市の葬地の井戸水を分析した結果、その両者の成績は市内の井戸水と著しく相違がないことが明らかになった。それのみならず、ロストック市の井戸水に於いては、逆に逈(遥)かに清浄である事が認められた。故にこれをもって証左とするべきである。このことから、Wernichの統計やKuglerの業報(ベルリンのチフスについて述べたもの)は、みな墓地の附近においてチフスが多く存在することを論じて居るが、依然としてこれを証明する力が不足して居る。 Petriは第十回国際医学会(1890年)に於いて、実に次の如く述べた。その発言は、「細菌学上の研究に基づき、屍体と共に埋葬された病原菌は比較的短少の時期に於いて枯死するため恐れるに足らない。屍氣(遺体から発生するガス)はもとより害無し。布土麻伊涅の如き屍毒も、たとえ地下水に混ざることがあるにせよ、大いに希釈されてその毒力を喪うか、又は土地の理化力(物理化学的な作用)によって无害(むがい:無害)となるため、深く憂うるに足らず」と。要するに墓地は従来人々が想像していたような大害をもたらすものではない。しかしながら、これはあくまでも衛生的に適切な墓地に就いて広く語っているに過ぎない。もし個々のケースを求めて片々(ほうぼう:あちこち)に探せば、GärtnerやLitthauerのような学者の徒が挙證(きょしょう:証拠を挙げる事)したような事例が多く存在するだろう。 墓地の衛生豈忽諸に附すべけんや(墓地の衛生をどうして軽視する事が出来ようか)。②へ。