ピアノ教師として約30年間の経験と今年、自宅にサロンを持ったことから、30年ぶりに下手ながらも演奏を再開しました。
美しい音を出したいと思い、生徒たちは日夜練習に励み、レッスンを受けに来る。そんな中でも多く見かけるのが、まるで美しい音を出すことが最終目標になってしまっている演奏。確かに真面目なことは大切だが、それだけでは魅力に乏しい演奏だと思う。それは、ただの「音のカタログ」に過ぎない。目標はそのもっと先であり、美しい音は素晴らしい音楽を奏でる上での材料に過ぎないのだ。
演奏を考えたときに思った。「空よりも高く、海よりも深く」そんな演奏が聴けたら幸せだなぁ。
皆さんそれぞれに素晴らしいですね。私が特に特に惹かれた演奏。梅田智也さんのシューベルトとリスト!三次で終わってしまったのが残念!
わたしは私が小さいころから疑問とともにピアノを練習していた。最初は小さな疑問に始まった 。その小さな疑問が次第にたくさん増え続けた。今から思えば、その小さな疑問を大切にしていたことが今につながったのだろうと思う。ピアノって小さな疑問だらけだよね。
日本人の若い人たち、私の生徒も含めて聞いていると、どこかに違和感を感じることが多い。若いのだから仕方がないのかもしれないが、私が思うに受けてきた教育が理由によるのではないかと。その違和感とは、音楽とテクニックの融合がうまくいってないのか、ちぐはぐになっているのだ。そこには残念ながら、どんなに上手でも、音楽的であっても、説得力に欠けるのだ。
バスのオクターブの変化には当然、力関係が存在する。豊かに膨らむ豊潤なバスの響きがほしい。
地球上に存在する全ての物事は宇宙からの産物であり、基本的に直線は存在しないと思う。まるで弧を描くように曲線の世界。音楽も同じ。
キーシンの素晴らしい演奏。
歌う音には、音そのものがまるで生きているかのごとく強い意志が存在する。意志のない音は美しいとしても、物理的に美しく鳴っているだけに過ぎず、なんだか空っぽの空虚な音に感じられる。弦楽器のヴィブラートのようなイメージの音というものがピアノでも出せるのだ。
昨今のモスクワ音楽院をはじめとするロシア人の演奏のレベルの低下を感じる。昔のソヴィエト時代の演奏家はもっと音に魅力があったと思う。ペレストロイカは質の低下をもたらしたのかもしれない。なんだか寂しいなぁ。
生徒たちの大半は自分が何をやっているのか?どうやって弾いているのか?自分で自分を観察していないと思う。なんで客観的になれないのか?それができなければ、弾けるようにならないし、自分の音も聴こえるようにならないのかもしれない。
長年の経験から演奏を少し聴けば、その人の将来、どこまでの演奏ができるようになるか?はおおよそ見当がついてしまう。言い換えるならば、伸びしろがどれだけあるかがわかってしまう。でも、奏法を変えることによって、その予想が良い意味で覆されたことが少なからずあるのだ。嬉しい誤算と言える。
人はなんでも自由にやれる。自由にやっている人に嫉妬心からか自信のなさからか、とやかく言う人がいる。そんなの意識していたら自分らしく生きることはできない。とにかく世間はうるさいものだ。勇気を持って寛容な気持ちで今日もピアノに向かおう。
生徒の演奏を聴いていてとてもいいのだけど違和感を感じることがある。なんだろう?なんだろう?なんだろう?とずっと考えていて、やっと思い当たった。それは教養がないと言える。はっきり言って人としての教養だと思う。どんなに知識があっても教養がないと思う人がいる。残念だな。
カプースチンを聴いていて思う。連打の時にエネルギーが下に向かうと音やリズムが詰まってしまう。エネルギーは前方に向けなければならない。いわゆる、抜けなくてはならない。
世界中でしかもロシアでさえも。日本においてロシアと謳っている人たちも。皆、第1関節支点になっている。ガヴリーロフもソコロフもニコラーエワもヨッフェ先生も第1関節支点になってはいない。第1関節支点の音というものがある。とにかく硬いのだ。盲点だと思う。
世界中のピアノ教師が脱力をしなさいと言う。確かに正しいし、脱力すれば弾きやすい 。でも大切な過程を踏んだ上で脱力しなければ、音に密度はなく、倍音量が少ないと思う。短母指屈筋と虫様筋を強くした上で脱力しなければ、音は歌わない。くれぐれも第1関節支点にしないように。
先日、あるレッスンでのこと。より美しい響きを求めた結果、インヴェンションの1番のレッスンになってしまった。彼は既に大学の教員をしているほどの実力にもかかわらず。短母指屈筋、虫様筋を徹底して意識して、初めて音は歌う。究極的にそれを求めたら、インヴェンションでさえもテンポでは弾けない。本当のプロの音とはそういうものなのである。
本日行われました日本音楽コンクール。生徒、竹澤勇人(桐朋学園大3年)が第2位になりました。応援してくださった皆様、謹んで御礼申し上げます。
本当に美しい響きに存在する。それは蜃気楼。あなたの響きに蜃気楼が見えたらいいね。