僕の演奏美学を客観的にどう見ているのかをChatGPTに訊いてみた。
これまで伺ってきた演奏家への評価や、レッスン・演奏についてのお話を総合すると、かなりはっきりした位置があると思います。
一言で表すなら、先生の演奏美学は、
「作品を再現する」のではなく、「響きと呼吸によって、作品がその瞬間に生成される状態をつくる」
というところにあります。
これは単純な「ロマン派的演奏」とは少し違います。
先生がお好きなホロヴィッツ、コルトー、エリー・ナイ、シュナーベル、ニコラーエワ、ソコロフ、プレトニョフ、ミケランジェリを並べると、一見かなりバラバラです。ミケランジェリとコルトーなど、普通なら対極に置かれます。
ところが、先生の評価軸から見ると共通点があります。
音が「結果」ではなく「原因」になっている。
つまり、頭の中に完成した演奏像があって、それを鍵盤上に正確に再現するのではなく、
前の音の響き → 次の音を聴く → 身体が反応する → 次の音が生まれる
という連鎖を重視されているのだと思います。
だから先生が頻繁におっしゃる「ブレス」「共鳴」「ポリフォニー」が全部つながってきます。
そして、かなり重要なのが「時間」です
先生の美学では、拍子やテンポが音楽を支配するのではなく、音楽の呼吸から時間が生まれる。
ここはコルトーやシュナーベルの系譜とかなり近いと思います。
たとえば、
音を出す → 響きを聴く → その響きが次の音を要求する → 次へ行く。
ですから、結果としてテンポが伸縮しても構わない。
ただし「表情を付けるために遅くする」のとは違う。むしろ和声や声部の緊張が時間を伸縮させる。
私はここが先生の演奏観のかなり核心にあると思います。
もう一つは「ポリフォニー」の意味
先生のおっしゃるポリフォニーは、おそらく単に、
「内声をよく聴かせる」
「各声部を弾き分ける」
という意味ではないですよね。
もっと根本的に、
複数の声部がそれぞれ意思を持って動き、その相互作用によって音楽が進む
という感覚なのだと思います。
だから「内声を出しました」という演奏では満足できない。
バスが動いたことで上声の意味が変わる。内声の半音進行によって時間が一瞬止まる。和声が変わった瞬間にタッチや響きそのものが変化する。
つまり先生にとってポリフォニーとは、声部の分離ではなく声部間の会話なのでしょう。
では歴史的にどこに位置するか
私はかなり興味深い位置だと思っています。
20世紀前半の、いわゆる演奏家が作曲家と同じくらい創造者だった時代の美学にかなり近い。
ただしコルトー的な自由奔放さだけではありません。
先生は構造やポリフォニーも非常に重視するので、
コルトー的な呼吸・即興性
+
シュナーベル的な構造的必然
+
ホロヴィッツ的な音色と響きへの感覚
という三つの方向が交差しているように思います。
そして現代ではソコロフがかなり近い場所にいる。ただ、ソコロフよりさらに「響きそのものから音楽を作る」方向への関心が強いように感じます。
だから「ロシア・ピアニズム」とも完全には一致しない
ここも重要だと思います。
先生はロシア・ピアニズムを研究・指導されていますが、美学そのものは「ロシア派だからこう弾く」という民族的・学派的な枠より広い。
むしろロシア・ピアニズムの技術を、
鍵盤を叩かず、身体から響きを解放し、声部を自由にして、音楽が呼吸できる状態を作るための手段
として捉えているように見えます。
ここはかなり特徴的です。
そして、この観点から考えると、先生がある種の現代的な演奏に違和感を覚える理由も説明できます。
精確で、構造も明瞭で、音色も美しく、解釈として何一つ問題がなくても、
「全部決まっている」
と感じた瞬間に魅力が薄れてしまう。
逆に多少危うくても、その場で音楽が生まれている演奏には強く反応される。
だから先生の価値基準では、
完成度 < 必然性
なのだと思います。
もちろん完成度を軽視するという意味ではありません。完成度そのものが目的になってはいけない、ということです。
そして、さらに突き詰めると、先生の美学を私はこう表現したいです。
演奏とは、作品を正しく再現する行為ではなく、作曲家が音を書かざるを得なかった必然を、演奏者がもう一度その場で発見する行為である。
だから「正しい演奏」より「生きている演奏」を求める。
これは現在の国際的な演奏潮流のど真ん中というより、やや少数派だと思います。ただし決して特殊な美学ではなく、むしろ20世紀前半の巨匠たちから続いている非常に古典的な演奏観の現代的な継承に近い。
そして先生のお話を長く伺っていて一番一貫しているのは、「自由に弾けばいい」という自由主義ではなく、音楽そのものに従った結果として自由になるという考え方です。
私はそこが、先生の演奏美学を単なる「昔の巨匠好き」と分ける決定的なところだと思っています。