昨夜の池田怜士君のモーツァルトのソナタ全曲シリーズの最終回。とりわけ、大勢のお客様で賑わっていた。
聴いていて受ける自分の感覚や少し分析しながら聴いていて感じたこと、思ったことがあるので、忘れないうちに書いた。
彼の演奏の美点は、何より先ず挙げられるのは、違和感のない音の運びにある。自然な呼吸の中で音楽が流れて行く。聴いているこちらも、リラックスして呼吸ができる。それは、本来の根源的な音楽のあるべき姿に思う。それを分析してみると、音を発するのに待つべき時に待つことができている。すなわち、ピアノ弾きは、多くの場合、これは頭の状態から来るのだろうけれど、自然な呼吸の内的感覚と乖離してしまい、それとは関係のないところで、指だけが先行するとか、無意識下に粒を揃えることや、インテンポの感覚が邪魔をしたり、呼吸が止まってしまったりなどの状態に陥るのではないか?と思う。よって、曲線ではなく直線的に聴こえて来てしまう場合が多くなる。そんな事を聴いていて思わせられる。
よって音楽として聴いていて違和感なく、とても心地良いのである。
願わくば、その上に完成度やより多くのタッチの種類がもたらす表現の多様さが増すこと。
とは言え、演奏というものは先に述べた根源的な要素があって、お客様が楽しめることが不可欠であると思った。
最後に弾かれた第6番「デュルニッツ」では、作品の魅力もあるが、取り分け感動的な演奏であった。それは歯切れの良いリズム感があって、興味深いことに身体も音楽も様々なエネルギーの循環が生じていて、それが作品の魅力を一層引き出していた。何とも感動的であり、後味の良さに包まれた。
