門下生の樋口一朗の演奏です。彼は大学2年生で日本音楽コンクールで優勝し、その時はラフマニノフの3番のコンチェルトを弾いたのですが、当時の彼は、そんな経歴とは裏腹に、自分自身の演奏に疑問を持ち、このままでは成長できないと考えたそうです。で、その結果、私のもとへ来ました。それまで築いてきた自分を捨て、一からやり直しを始め、長い間、何度も試練の連続、苦労を味わった末、今の境地に到達しました。この曲を私の影響で弾き始めたそうですが、それは決して私の猿真似ではなく、彼独自の世界を作っていると思います。いっときまで華やかで技巧的な作品ばかり弾いてきたらしいのですが、私の前では音の少ない地味な曲ばかりを選らび、一歩ずつ亀の歩みで数年経ちました。この演奏に何をお感じになられるかは、人によるのは当然ですが、私は、先に述べた彼の歩みを見てきましたので、それを思うと、なんだか、ここ数年の彼そのものの人生のように聴こえてきてしまいます。ゆっくりゆっくり一歩ずつ踏み締め、味わいながら進んで行く彼の今までと今そのもののようです。