昨今、弾き方に関する多くの書籍が売られている。私の拙著も含め、その多くは全てが書かれているわけではない。なぜなら、言語化できことやできないこと、無意識のうちにおこなっていることもあり、それから、その本を執筆した時から時間が経過しているので、更新されていることもあるはず。だから、私はその手の出版物を手に取らないし、正直、自分の本も読まない。まあ、その手の本を読んで得ることがないとは言わないが、結局、直にレッスンを受けなければ、本当のところはわからないし、できるはずもないということ。音や身体の使い方を言語化すること自体、どうしても限界がある。そもそも、ひとつの言葉を意味するイメージも人によって異なり、その解釈は大きく違うだろう。

最近思うのは、文章を読むことを考えた時に、私はとても好きなのだが、例えば、自分に都合の良い読み方とか、著者の書いてある真意を読み取れないで間違って捉えてしまったりと、なんともあやふやなことだと思う。だから、その手の文献を読んでも、参考程度にと考えた方が良いだろうということを述べたかった。