ロシアピアニズムと言っても、さまざまで十人十色である。山の登り方もさまざまでいろいろな道がある。
私の生徒たちの中で、ある登り方を教えた。それは、指を思いっきり伸ばして練習させ、そのまま弾いていくという弾き方であり、少数ながら生徒たちの中にこの奏法の者がいる。こうやって弾くと、独特の柔らかい響きが出て、どちらかというと軽めの艶っぽい発声になる。そう、ホロヴィッツのごとく。
それを教えた数少ない生徒の中で、1番の存在は、最近まで桐朋で教えていた、一番弟子の川村文雄とその弟子で、今は私の生徒でアシスタントをしている比嘉洸太の二人が思いつく。当時受験前にもかかわらず、確か高校三年生だったが、その川村文雄に指を思いっきり伸ばして弾かせた。バッハであっても指は伸ばしたままだった。今から思えば彼も、本当に勇気があったと思う。その弾き方で、大学入試、翌年には日本音楽コンクールで2位にまでなってしまった。僭越ながら彼の響きはオペラシティの大ホールでオケをつき抜け高く高く響いていた。翌年だったかもどこかのホールでショパンのコンチェルトの1番を聴いたが、それはそれは見事だったのを覚えている。この弾き方に直して良かったと安堵したものだ。
そして、これを継承したのが、やはり比嘉洸太。ルーマニア国際コンクールの演奏を聴いたが素晴らしい響きを出していた。今年行った発表会でドビュッシーのエチュードを3曲弾いたが、とりわけ、8本の指のためにでも、速いテンポであっても一音一音が柔らかくて鮮明で独特の発声であり、楽器の中やホール上ではなく、客席で響いていた。彼もやはり、初めて桐朋で川村文雄にレッスンを受けた時、川村の弾くショパンのノクターンを聴き、そして手を見て、こんなに美しい演奏を聴いたのは初めてと驚いたと言う。その影響を受けた比嘉が、数年後に私のレッスンも受けるようになり今に至る。この路線の奏法が身についているのは、私の生徒たちの中で、思いつくところ2人だけだ。このように、道は様々で私の門下の中でも異なり、改めて、ピアノという楽器のキャパシティと言って良いのか、その可能性は無限だと思う。