その昔、大学3年生の時、私は生まれて初めてヨーロッパに行った。当時はアラスカ経由、北極点を通過した時には、北極点通過記念のカードが機内で配られた。そして、乗り換え含めて20時間ほどでスペインのバルセロナに着いた。当時はオリンピック前で、まだまだ開発されていない様子で降り立った空港もこじんまりとした小さな空港。初めての外国、しかもヨーロッパということもあり、ドキドキワクワク半分、不安半分だった。まず驚いたのは、匂い。いわゆる体臭。日本では考えられない匂いを発している人の多さにびっくりした。それから驚いたのは、港街だからか、水道水に塩分が含まれていた。歯を磨いて口をすすいでもしょっぱい。シャワーを浴びても身体が何だかベトベトする。で、ジプシーを生で見て驚いた。あっという間に取り囲まれそうになった。
そんな珍道中の始まりの中、いよいよコンクールが始まった。さあ、生まれて初めてヨーロッパで演奏できる喜びに心の底から嬉しくて、全く緊張もなく一音目を弾いた。で思った。響きが違う。思うに乾燥した空気と石造りの建物の中では日本では耳にしたことのない音が鳴り響いた。戸惑いがなかったと言っては嘘になるが、でも演奏は心から楽しめた。憧れのヨーロッパで弾くことの喜びは想像以上だった。この瞬間の為に自分はそれまで日本で一生懸命ピアノを練習してきたのだ。コンクールの準備も約1年もかけた。その思いの全てを込めた。そして、演奏後、こんなに沢山の拍手を浴びたのも生まれて初めてだった。舞台袖に引っ込んでも何分間か鳴り止まなかった。本当に心の底から嬉しくて涙が出そうになった。楽屋にも知らないお客さんが沢山来てくださり、何だかわからないスペイン語で興奮した様相で話しかけてくる。わかったふりをするのが、少々後ろめたかった。遠い日本から、わざわざ出向いてきた甲斐があった。興奮冷めやらない、そして驚きの連続の3週間のバルセロナ滞在だった。授賞式では、誰だかわからない、どうやら偉い年配の女性に壇上で挨拶をした後頬にキスをしろと言われ、ぎこちないキスをして全ては終わった。私の人生で最初で最後の国際コンクールはいい思い出のまま今も私の心に残っている。沢山の日本人留学生も受けに来ていたが、そこはコンクール、みんな何だか冷たかったけど、それがコンクール何だろうと思った。
でも、それはそれ。経験して思ったのは、コンクールは国際コンクールと言えども、イベント、お祭りに過ぎない。音楽は勝ち負けでは無いというのが私の持論。だから、楽しかったけど、二度と受けなかった。なぜなら、コンクールを受けることより、もっともっと大切でやるべきこと、それはひたすら勉強を積む、もっともっと上手くなって、より良い演奏が出来るようになることが私にとっての最大の目標。コンクールなんて受けてる場合じゃ無いと思ったからだ。私は一般的な考えでは無い変人なのかも知れないが、それでも後悔はない。だからこそ、今の境地に至ることが出来た。コンクールなんて受け続けてたら、今の私は無かった。コンクールが終わってから、本当の、真の芸術家になるための勉強を始めた、とても遅い出遅れた音楽家人生を歩んで来た。それが私の運命で、今やっていることは、私の役割だと自信を持って言えるようになるまで来られた。本当にこれで良かったと思う。