理解できない。それは奏者の問題か自身の問題か。いずれかだ。多くの場合、巨匠と呼ばれるような卓越した演奏家の演奏が理解できないとすれば、それは自身の問題に違いない。人は自身が理解できない事物をいとも簡単に切り捨てる。私が三島由紀夫の金閣寺を読み始めたら、さっぱりわからなくて読むのを中断したように。実は自身に問題があるのに。簡単に申せば、演奏者の次元に追いついていないだけのこと。そこで大切なのは、謙虚さが必要になる。まだわからないだけで、いずれわかる時が来ると思わなければ、その領域には達せない。もし、あなたがその演奏を理解できなければ、一度時間を置いて保留してみればよい。非常に高い領域に存在する演奏者というのは、そんなに簡単に近寄れるものではない。まずは、自身を見つめ謙虚に。それは、日常のレッスンも同様のこと。多くの教師はその道を生き抜いてきた。それに人生をかけてきた。その重みを考えてみれば、簡単には切り捨てられない。