ふと思った。
自分が違和感なく接することができる人とできないというか、何か抵抗を感じる人、要するに苦手意識を持ってしまう人がいる。

それを測るものさしは、いくつかあると思うのだが、そのひとつに、自分だけのために生きて活動している人と他者のため、広くは社会のために生きて活動している人に大雑把だが分かれるように思う。もちろん人間の気持ちは複雑だから、そんなに単純にスパッと分けられないのだが。

例えば、リサイタルを催すこと。自分のために弾く人もいれば、お客様のために弾く人、そのどちらかに分かれるような気がする。

私の個人的な感覚は、基本として、自己犠牲と言ってしまえば大げさだが、そんな感覚の強い人、他者のため、社会のためにという無意識のうちの意識で生きている、活動している人に違和感なく惹かれるし、接していて気持ちがいい。

自分自身を省みたときに、そうありたいし、出来るだけそうしているつもりで生きて活動している。100%そうしているのかはわからないが。

まあ、始まりは、ただ単に好きだから自分のためにピアノを弾き始めたわけだが、いつまでもそれだけでは社会とは結びつかないわけで、時間を経ていくうちにその目的意識は変化してきた。大人にならなければいけないから。

どんな大人になるかは、その人の何を大切にしたいかで、大きく異なってくる。

自分が自分の理想の大人になっていれば、それでいいのだろうが、私は先にも述べた、自分だけのために生きて活動する大人にはなりたくない。