誰にでも、苦手な物事や不得手な事はあるものだ。大抵、そんな自分やそんな事柄に対して自ら蓋をしてしまう。目を背けるとか、無かったことにしたり、存在自体を消し去ったり。そして人は、負の感情と共にそれらの物事にいわゆるコンプレックスを持つことになる。まるで負の感情とコンプレックスがひとつのセットの如く、いつでも仲が良い。
でも、あえて提言したい。負ではなく、その逆の正の感情とコンプレックスをセットにしてみたらどうだろう。そうすれば、コンプレックスの存在が違ったものになるのではないだろうか。何もコンプレックスを無くそうとか、頑張って乗り越えようとか、そんな大変なことを述べているのではない。
ただただ、シンプルにコンプレックスと共存してみてはどうかと。
共存すること自体、大変勇気が必要だが、案外その気になればできると思う。ただし、自己肯定感が強すぎるのも、側から見ていてなんだか見苦しい。
それはさておきコンプレックスは恥ずかしいという思いを消し去ることが必要。決して恥ずかしいことではない、誰にでもコンプレックスはあるものだからと。
で、自分のコンプレックスを親しい人だけでいいから打ち明けてみる。少しずつでいいから心の扉を開く。そうしたら、コンプレックスがコンプレックスではなくなる方に向かって歩いていくような感覚になる。でも、コンプレックスは以前存在する。だから共存すればいい。
ピアノ界のことしか、私はわからないが、皆、コンプレックスだらけで、溢れかえっていると思う。ピアノ弾きって、どうしてこんなにコンプレックスの塊なんだろう?と不思議な気持ちになる。コンプレックスが強い人ほど、他者に自分を大きく強く見せる。高圧的なピアノ教師はそこら中に存在する。だから、コンプレックスについて書き留めたかったのかもしれない。