日本のピアノの教育現場の話ですが、私が受けてきた教育、そして、今の若い人達の演奏を聴いていても、やはり倍音ではなく、基音をしっかり鳴らして弾くというのが主流というか、むしろそうではない人の演奏を聴いたことがないと言っても過言ではありません。もし、日本で倍音を大切にするレッスンがされていたら、とっくの昔に、地位や名声とは関係なく、ホロヴィッツやアルゲリッチのような倍音豊かな演奏者が存在しているはずです。でも、いませんよね?そのレベルというか、そういう感覚を覚えることが出来る演奏ができる人。
例えば、基音で弾いていますが、素晴らしい演奏をする内田光子さん。昔、テレビでおっしゃっていました。「私はヴィルトーゾではありませんから」と。当時は意味がわかりませんでしたが、今になって、この言葉の意味が実感できます。思うに彼女は大変聡明で耳の良い方だから出てきた発言と受け止めています。ご自身の演奏に対して、自分は基音で弾いていますからという意味でおっしゃっているのだと私は思います。聴こえているけれども、敢えてその路線の演奏はしません!とおっしゃっていると思います。だから、くどいようですが、聴こえていないのに聴こえているという勘違いではないと思います。そこが内田光子さんの凄いところでもあり、素晴らしいところのひとつです。世の中のピアノ弾きは基音か倍音かいずれかを重視していて、二分されていると思います。どちらでもいいのです。良い音楽ならば。ただ、私は倍音重視の演奏の方が好みなだけですから、この30年、研究してきました。日本に於いても、基音重視と倍音重視のピアノ弾きの比率がもう少し変化したら、もっと面白いことになると思っております。