ある演奏を聴いた時、何かしらの印象を人は持つ。それは良くも悪くもさまざまで、例えば、熱い演奏だった、とか、あっさりした演奏だった、とか、思慮深い演奏だった、とか、浅い演奏だったなど。おもしろいのは、同じ演奏でも真逆の印象を人によって持ったりするもので、要するに勝手なものなのだ。だから、演奏者は、聴くものに、自分の演奏がどう思われたいか?イメージを持って演奏することは大切なのだが、だからといって、矛盾するようだが、やはり、聴く者がどう捉えてもいいという、自由を与えなければいけないし、また、そうあるべきだと思う。
それはさておき、さまざまな印象を残す演奏なわけだが、聴く者が往々にして悪い印象を持った場合に生じることなのだが、その印象の原因、何故そういう演奏なのか?という時に、演奏者の性格と結びつけて考えがちだと思う。確かに、その因果関係が全く無いとは言わないが、私には少々、短絡的すぎるのではないか?と思うふしがある。果たして、そんなに単純なことなのかと。
もし演奏を変えるならば、性格を変えなければいけないという方程式が出来てしまうが、人の性格というのは、そんなに簡単に変わるものではない。むしろ性格ではなく、思考はいくらでも変わるのだから、思考の問題だと思う。それに加えて、感覚が重要。
だから、例えばフレーズをどう作るかが、後々の印象を左右する大きな要因の一つだと思うが、それを考えたり、感じた結果の演奏の印象であり、演奏者の性格の問題ではないと思うのだが。
性格と演奏を結びつけることに異議を申し上げたい次第。