考えてみれば、私は若い頃オーストリアに住んでいた。多感な年頃であり、見るもの聞くもの全てが刺激的であった。それらが現在の私の精神、感性の一部を形成していると実感する。その後オーストリアを離れ東京に於いて全く異なる質感の世界で私はさまざまな影響を受け今に至る。すでに忘却の彼方になっていたオーストリアやウィーンという街や文化、言葉など特有の感覚が、近頃の私の中に何十年という時を経て蘇ってきた。長らく自分の心の蓋を閉じていたと言えるのかもしれない。もしかしたら、時間的な距離感があるから実感できるのかもしれない。その後の私はロシアピアニズムに傾倒し、オーストリアやウィーンとは別の世界で生きてきたのだが、どうやら大きく回って元の場所に帰ってきた。今の私は、モーツァルトとシューベルトが特に特に近しい存在となり、バッハ、ベートーヴェン、ドビュッシー、メシアン、ベルク、シェーンベルクが続く。ロマン派やショパンはどこへ行ってしまったのだろう?もしかしたら一過性のことなのかもしれないが、もしかしたら次のステージに移行したのかもしれない。我ながら不思議な成り行きに驚いている。