何故?古典の作品は大切なのか?多くの人はロマン派以降の華やかさに魅了されがちだ。しかし、甘味なメロディーに気を取られてしまい、骨格であるハーモニーの意識が希薄な場合が多く見受けられる。そんなメロディーが無いところにドイツの古典を勉強する意味合いがあると感じる。魅惑的なメロディーに惑わされることなく音楽の幹の部分に特化して集中できる。それによって、ハーモニーを含めたリズムや音程などの様々な要素に意識を持つことが出来る。そこには、何故そう弾くか?と問われた時に、きちんとした理由が絶対に存在しなくてはならない。例えばベートーヴェンのアパッショナータの出だしのリズムの16分音符は、4分の4拍子の付点ではなく、8分の12拍子であるが、その長さの違いさえも曖昧であり、それをあるべき形で認識したとして、それをどう表現するべきか?を本気で考え、なおかつ相応しい音色やタッチはどうあるべきか?という類のこと。このようなことは、言い換えるならばそのような考え、哲学を持って演奏をしなければならないとも言える。それをわかっているつもりなだけの演奏者が、世界中を見渡しても残念ながら多いと感じる。いわゆる、ノリだけで弾いている演奏と言えるだろう。それはさておき哲学というフィルターを通した感情表現でなくては、芸術とは言えないと思うのだが。