今朝は朝からニコラーエワの弾くバッハのシャコンヌを聴いている。朝日を浴びながらバッハを聴くのは、これから始まる今日という日のスタートに相応しい。

それにしても、今は亡き演奏家たち。ホロヴィッツやニコラーエワを生で聴いている私なのだが、どんな録音でも生には敵わない。だから録音を聴きながら、私の記憶にある生音を脳の中で補正して聴いている。よって録音以上の凄い演奏に私には聴こえるのだ。今の若い生徒たちに、ホロヴィッツやニコラーエワを生で聴いて知っていること自体、非常に羨ましがられるが、私にしてみると、それは自分の年齢を思わざるを得ない現実を突きつけられるわけで、なんとも複雑な心境になる。

それはさておき、録音には限界があるわけで、本当のホロヴィッツやニコラーエワは、もっともっと柔らかくて、虹の如く多彩な響きが空間いっぱいに広がるのだ。
ロシアピアニズムといっても、それは多種多様なわけだが、私にとってのロシアピアニズムの入り口がホロヴィッツやニコラーエワだったのは幸運だった。


今頃は空高く、虹の向こうで虹の如く奏でているだろうことを想う。