ピアノを弾くという行為。行きつく先は弾いているのだけれでも、弾いている感覚はないのです。

弾くと同時に腕の重みをのせるという行為。同じく、のせるという感覚はないのです。

不思議ですね。この人は何を言っているのだろう?と思う方もいらっしゃるかもしれません。

でも、これが真実なんです。例えば、あの偉大なホロヴィッツの行っているテクニックの基本だと思います。

弾こうとか、腕の重みをのせようと思うどころか、なるべく弾かないように、なるべく腕の重みをのせないようにする意識がほとんどなんです。

これは真逆の発想ですよね。弾き方の極意は弾かないこと。腕の重さをのせないことにあるのです。

鳴らすために、弾くとかのせるという感覚があるうちは、ピアノは鳴らないのです。

そもそもの出発点が大きく違うのです。

弾かなければ鳴らないとか腕の重みをのせなければ鳴らないのではなく、そもそもの出発点が、腕の重みが理想的な状態でのっていなければならず、そののっている重みをいかにのせないようにするのか?いかに弾かないで鳴らすか?という意識が大切です。

どうぞ試行錯誤してみてください。