昨年あたりから、50も半ばになり感じることが変わってきましたね。
歳をとるというのは自然であり、誰もがいつかは死ぬのです。
要するに、いよいよ自分もそれなりの年齢になってきて、自分が若いころ、まだまだはるか遠い雲の上の存在だった先生方と同じ、いやそれ以上の年齢になってしまったことに、はたと気が付きました。
あの頃の先生方は、まだまだ若い私からすれば、とにかく怖かったし、絶対的で圧倒されまくっていたので、先生の側がどんな気持ちで私を見て、接してくださっていたのかは想像すらできなかった。その先生の肩書ではなく、とにかく偉い先生として近寄りがたかったですね。
つまり威厳があったと思う。
で、私が今その立場になってしまったわけですね。
生徒たちから見て、私なんかは威厳があるはずもなく、ちょっとは年齢を自覚して大人にならなければなどと思ったりするのですが、なんだかうまくゆきませんね。気持ちの上では学生時代のままなんですよ。大人ってもっと違うのかと想像していましたね。このまま朽ちていくとしたらちょっと悲しいかもです。
とはいっても、冒頭に述べたように感じ方は変化してきました。別に大人になったということではありませんが。
それは何かというと、気が付いたら人生の終わり、それはいつかはわかりません。そのわからないけど終わりから今現在をイメージして過ごすようになりました。逆算ですね。
終わりを想定して今を生きる。
うん。何か違う変化を私の内部に感じることができます。
昔中村紘子さんが、1音出したときに終わりの音が想像できるとおっしゃっていましたが
もしかしたら、このことだったのかもしれません。
もし、演奏するときにこれから終わりに向って弾き進むんだという意識ではなく
今終わりから見てどこを弾いているという感覚、イメージで弾けたとしたら
何か違った演奏になるのかもしれませんね。
何か面白いことになるかもしれませんね。