私が若いころ、憧れて夢中になった演奏家、来る日も来る日も聴いていた演奏というものがあった。
大学1年の後期の試験ではバッハのトッカータが課題だった。もちろん、私が選んだのは、当時夢中になって聴いたアルゲリッチが弾いているc-mollだった。
大学で師事していた中島和彦先生がおっしゃった。
「君は一体誰の演奏を聴いているのかね?」
「アルゲリッチです。」
「ふ~ん、アルゲリッチはそういう風に弾くんだね。」
今から思うと、当時の先生が私の演奏をどう思われたのかはわからないが
多分、アルゲリッチの真似で一生懸命だった私に対して、少なくとも真似をするのを禁じられた記憶はない。
もちろん、真似は真似であって、同じにはならないのだが。要するにアルゲリッチのごとく高い水準の演奏ではなかったということ。
当時の先生にしても、今の私にしても、同じ教育者の立場として
生徒が演奏家の演奏を模倣することを容認している。いや、私は推奨しているといってもいいだろう。真似の域を出なかったとしても、心から憧れる演奏というものがあったら、その気持ちを大切にしてあげたいし、それほど夢中になれるということは幸せなことなんだと思う。
逆に、他者の演奏を聴かないとか、夢中になれないとしたら、そのほうが問題だと思う。
だから、大いに真似は結構。
真似を超えて、その奏者の高い水準の演奏が本当に出来れば、それは素晴らしいことに違いない。