ハイドン。オーストリアの作曲家である。ハイドンの存在は、演奏会においては前座的な役割で弾かれる場合が多い。そりゃ、そうだけど、ちと過小評価されていないか?ハンバーグプレートの中のポテトかコーンのようだ。ハイドンは歴史上大きな貢献をしていると思う。パトロン、貴族のエスターハージーの存在は大きい。ハイドンの奇抜で新しい機知にとんだアイディアを評価できる人だった。そう、ハイドンは神出鬼没な事を軽々とやってのける天才だったのだ。作曲する上でそれまでの歴史にない斬新な音符の配置を見いだせた人だ。なんだか事も無げに軽々とやってしまっている。それをキャッチすることが演奏する上では非常に大切なこと。それはハイドンの顔とも言えるからだ。その天才的な音楽は、当時の鍵盤楽器における音響的に共鳴することに対して、当然のごとく耳が開かれていた人だったと思う。要するに耳がすこぶるよかった人だと思う。今現在のモダンピアノに出会っていたら、その才能は予想をはるかに超えた域の産物を生み出したに違いない。などということを奏法を変えた結果実感できることとなった。倍音を大切に弾いてこそハイドンの真価が生み出されることだろう。ピアノのおかれている3次元の空間いっぱいに広がる音響の世界だ。そこがハイドンのだいご味でもある。