こうして長年思うことを綴ってきているが、巷ではもしかしたら私のことを「敷居が高い」というイメージが持たれていると小耳に挟んだことがある。特別偉そうにしているつもりもないし、難しい文章を書いているつもりもない。なるべくわかりやすい言葉を選んでいるつもりである。そもそも難しい言葉を知らないわけだし。自分では自分のことを何を偉そうに言ったって「しがない教師」と本気で思っている。本を出そうが、生徒がコンクールに受賞しようが、私は決して「偉くはない」。ただ1つ言えることは本当にある意味で1つのことに執着して30年もたってしまったんだなぁ~と思うと感慨深い。そのことだけにはほんの少し自信がある。でも、好きだから続けてきたし来られたのだと思う。そして、習いたいと思ってくれる生徒たちが、い続けてくれたことは大きな力の源となっている。私にとっては一番の応援団だ。残念なのは、ピアノ教師の多くは「先生」と呼ばれあがめられ、偉くなってしまう人もいる。それだけは今後私にどんなにいいことが起きようとも、例えばあり得ないがノーベル文学賞をとったとしても、慎み深く謙虚でありたいと思っているのだ。「え~っ?こんなに偉そうなこと書いているのに?」という声が聞こえてきそうだが、私を実際に知る人たちは文章だけの印象と実際は「ぜ~んぜん違う!」とありがたいことに言ってくれる。言葉の持つパワーは独り歩きをするし、考えようによっては怖いことだと思う。でも、それを恐れていたら何も発言できないし、それはそれ。勇気をもって発信しようと思うだけ。誰かが言わなければいけないというある種の義務感もどこかにあるのかもしれない。私がそうなのだから、あなたの先生も多分本当は同じなんだと思う。先生という仮面をつけているだけで本当の中身は実に素朴で心優しい人なのだと思う。どこかの大学教授であろうがなかろうが、ピアノ教師は一人間に過ぎないと思う。だから、本質は「しがない教師」なんだなぁ。