女優、樹木希林が亡くなってから、私の生活は一変した。彼女の人生哲学に妙に影響された。昔、「シンプル・イズ・ベスト」という言葉が流行ったが、彼女の生きざまはそんな感じだった。それゆえ、私も不思議なくらい何も物がほしいと思わなくなっていた。食べ物も質素に。必要なもの以外、何も買わない日々が続いていた。

 

時がたった今、思い返してみると、その頃の私は生き生きとしていなかったように思う。「無欲」という言葉に包まれていた。もちろん、ある種の心地よさはあったのだが、エネルギーがないというか、無理にポジティヴに生きていたように思う。

 

当然、私の演奏やレッスンにも影響はあったに違いない。生徒たちは何も語らないが、もしかしたら迷惑をかけてしまっていたかもしれない。私が放出するエネルギーは内へ内へと向かっていたのだから。

 

思うに、人間、少しぐらい欲があったほうがちょうどよいと思う。日々を愉しみ、生き生きと充実感をもって愉しむことは大切だと思う。喜びを享受しなくては。

 

ヨッフェ先生の演奏する姿を思い返すと、心から愉しんで弾いているように見える。演奏って、深刻な気持ち、深刻な顔をして弾いている人が多いように思うが、いつも何かの違和感を感じる。深刻に弾けば、演奏の質が上がるとでも思っているかのように。

 

もしかしたら、日本人に多いのかもしれない。深刻な人生をたどってきた末の演奏なんですと言わんばかりに。

 

確かに深刻な内容の音楽で満ち満ちていると思う。でも長調の明るい開放的な曲であっても眉間にしわを寄せて弾くのはいかがなものか。