ドビュッシーの作品をレッスンしていると様々な和声の変化に彩られた瞬間に心躍る。
4度のエチュードなど、晩年の作品ならではの深遠な世界を底流にきらめく瞬間が次から次へと私の琴線に突き刺さってくる。
時には東洋的であったり、これはイスラムの音階かな?などと想像が膨らむ。
そのような世界はすべて倍音豊かに響き渡っていなければ実現できないことを感じる。
よく目にする日本人ピアニストの校訂楽譜を見ているとダンパーペダルの踏み変えが多すぎて、これでは倍音が鳴り響く世界は実現できないのである。
ヨーロッパ独特の深い霧や朝もやが倍音。
その深い霧や朝もやのなかに街燈の明かりがオレンジ色に灯っているのが実際の音。
そのような光景をイメージするとよい。
ドビュッシーの響きの世界の特徴だ。
私はプロが撮った朝もやのベネチアの写真を持っている。
わたしにはその写真の世界を彷彿させる。
映画「旅情」に出てきそうな世界。
白黒の写真や映画であっても、そこには確実に色が存在する。
キャサリン・ヘプバーンとロッサノ・ブラッツィが愛を語り合う。
また「喜びの島」を聴いていると
ギリシャのサントリーニ島のようなエーゲ海の青と空の青。
そして、島じゅう白い壁の家々が並ぶコントラストのある風景。
ドビュッシーって、そんな世界だと思う。