ペダルを踏むか踏まないか。
わたしは古典に於けるアーティキュレーションを大切にする理由で意図的にペダルを踏まない時はある。
がしかし、詩情豊かに、美しく弾くためにペダルを多用する。
なぜならば、ペダルを踏まない音というものは、乾いていて、皮膚の擦り傷のように感じるから。
スタッカートが書いてあったとしても、ペダルを踏んでもタッチでスタッカートを再現することはできると思う。
ペダルを、音を伸ばすためにあるものとして捉えるのではなく
音色を豊かにするために存在するものとして捉えるかの違いだと思う。
ペダルなしで練習をするというのはよく言われることだが
ペダルを踏んで練習したほうが良いと思うケースがある。
例えば、ドビュッシーを弾くのにペダルは踏んで練習するべきだと思う。
ただし、今述べたことは上級者に限る。
分別をわかっていない段階の人には当てはまらない。
その人の感受性と知性が問われると思う。