ディーナ・ヨッフェ先生とはかれこれ10年以上のお付き合いをさせていただいている。

 

先生の今までの人生においてのさまざまな耐えがたき経験、境遇を今ここに改めて述べるまでもない。

 

普段のヨッフェ先生は、そのようなことを経たからこその真の愛情に満ちたやさしさ、きびしさを持った方であり

会話もユーモアに富んだ朗らかで笑みが絶えない。

 

ただ1つだけ、不思議な面がおありで

わたしは慣れないうちは戸惑ったものだ。

 

それは私の質問に対する先生の答えが、おそらくNoだった場合。

先生はNoとは言わず、無言になられるのである。

 

一般に西洋人はNoとはっきり自己主張するのだが、先生の場合はときに違う。

 

YesでもNoでもなく、まるでわたしの質問がなかったか、きこえなかったかのように

何事もなかったようにふるまうのだ。

 

わたしは、このことについてあえてふれることはしないでいる。

 

何かとても大切なふれてはいけない何かを感じとったから。

 

思うに、想像の世界だが

ソ連時代のしかもユダヤ系という立場で遭遇せざるを得なかった経験に基づく

先生ならではのご自身を守るためゆえのことなのではないか。

 

そんな先生だからこその明るさが、わたしには眩しく見えてならない。