今、シューベルトのハ短調の遺作のソナタのレッスンをした。

なんと深遠な悲しみ、苦しみに満ちた作品だろう。

余りにもの作品の素晴らしさに我を忘れて、生徒の演奏に深く介入し過ぎてしまったような気がする。何も生徒の演奏に問題が多々あるからではなく、私がシューベルトの世界に引きずり込まれてしまっただけのこと。

挙げればきりがないほど、タッチのこと、和声のこと、ペダルのことなど次から次へとアイデアが浮かんできてしまい生徒に示唆してしまった。

実はこの曲は私自身にとっても思い出深い曲であり、オーストリアのザルツブルクに留学して2ヶ月目に勉強させられた作品であり、当時の私にとって作品が難解過ぎて大変苦労したのを覚えている。

当時は、私にとってこの作品は音楽的だけならず技術的にも大変難しく弾くだけでも精一杯だった。

それは置いておくとして、今の私にとっては当時の私にとってとは比較にならないほど作品との距離が縮まった。

レッスンをしていて、何故かスクリャービンの作品を弾く時に近いタッチ、響き、色彩、ペダリングが随所に私の頭の中に浮かんできた。

音楽の内容が持つ何か。

それは、この世とあの世の狭間を往き来する世界。

それを感じ、それを表現するために、あえてハーモニーが変わってもペダルを踏み変えないで、カオスのような空間を作る。それは濁っていると思う人もいるかもしれないが、私にはその濁りが混沌とした非現実的な世界を彷徨うというか、その世界から抜け出たいものが出口を探し求めて苦しんでいるような、または悪夢にうなされて必死にめざめようとしているかのような感覚を覚える。

まあ、歳をとらなければ理解できない世界が描かれている作品なのかもしれない。

神に近づいてしまったシューベルトの世界。