本当に上手いロシア人の演奏の特徴の1つ。
それは、何を弾いてもポリフォニーに聴こえてくること。
今日レッスンにおいて、モーツァルトの単旋律のパッセージにポリフォニーが隠れていると思った。もちろん、固有の音の持つ役割というものがあり、それぞれの音に和声的な色合いを感じたうえでのこと。よって同じキャラクターの音が2つ並ぶことはほぼない。
これは弦楽器奏者や声楽家ならば当たり前のように行っていると思う。
例えば、それを実現するために単旋律のパッセージを両手で分解して弾く練習なども効果があると思う。
要するに想像をはるかに超える絶妙な、筋肉のコントロールが緻密になされなければ実現できない。
まさに音楽とテクニックの融合。
理想の境地といえるだろう。
ふと思うのだが、私は人の演奏を聴くときの基準として、今述べたことを演奏に求めていると悟った。
出だしの2音を聴いただけで、その演奏に興味を持つか持たないか、聴くか聴かないかが決定されてしまう。
そのようなことをモーツァルトの作品ですら大変難しいのに、もっと音の多い作曲家の作品でも、当然のごとく行われなければ私は芸術としては、つまるところ尊敬に値する演奏とは思わない。
その領域の演奏をしているピアニストは知名度とは関係なくごくごくまれだが、私は生徒に対しても厳しいかもしれないが最終的にはそれを求める。
ピアノ演奏芸術としての、ある意味で最高峰だと思うから。