と、題名をつけてはみたもののプライバシーにかかわることなので何を書くかは書きながら考えてみよう。
詳細は知らないが、チェリストの松波恵子先生とご縁があって、演奏をご一緒させていただいているのだが、私としては大変うれしい限りである。先生から学ぶことは思うにとても膨大で、川村にとっては大きな財産となっているに違いない。
で、私が川村と縁あって初めてレッスンをしたのは彼がまだ高校生だった。
それからの付き合いだから20年を超える。
なぜ私に習おうと決めたのか訊いても、なんとなく習ってみたいと思ったそうな。
今までを振り返った上で、まず思うのは、川村は私とともにロシアピアニズムを求め、紆余曲折した「戦友」といえるだろう。
私が右へ行けば、彼も右へ。
私が左へ行けば、彼も左へ。
とにかく振り回してきてしまった感が否めない。
ともに戦ってきたと言ったら語弊があるが、そんな言葉が当てはまるほど、今から思えばよくぞついてきたと言いたくなるほど、大変な日々だった。
しかし、当の本人たちにとっては実際に大変だったという意識はなかったと思う。むしろ楽しんでレッスンをし、時間を共有してきたように思う。
私はロシアピアニズムに路線変更してから27年。川村はその後を追うように20年以上の月日が経っている。
現在、川村は大学の専任講師をしながら演奏活動を継続している。大野ピアノメソッドにおいてもリーダーシップをとってくれている。そのうえ、この5月には新日本フィルとブラームスの第2番を共演させていただくなど、なお一層の飛躍の年となるだろう。
川村には、私の思うピアニズムの継承者として、今後もなお一層の研鑽に励んでほしい。