日本音楽コンクールを見ていて、ふと思った。
本選会はオペラシティの大ホールで日本の一流のオーケストラと協奏曲を演奏できる。
会場は何千人という人々であふれ、演奏すれば拍手喝さいを浴びる。
もちろん、商業ベースに乗ったいわゆる職業ピアニストになることと芸術家の人生は違う。
しかし、多くの者が職業ピアニストになりたいと思い、日本音楽コンクールを受けるのだろう。
本選会での何千人もの拍手喝采。
果たして、コンテスタントのうち、その後の人生で同じ経験ができるものが何人いるのだろう。その多くは可愛そうだがコンクールの本選会が最初で最後なのではないか。
オペラシティで何千人もの人々の拍手喝さいを浴びることができるのは、よほどの幸運の持ち主か、その後の並々ならぬ精進を経てよほどの実力が伴わなければ2度と同じ経験をすることはないだろう。
何かそこにはもの悲しさ、哀愁を感じる。
受賞者には申し訳ないが、若い人たちの大きな夢を砕くようだが社会の現実だと思う。
人生とはそういうもの、芸術家とはそういうものだということが実感できるまでには、時間がかかるだろう。
でも、もしかしたら、その後の死に物狂いの努力があって、別人のごとく演奏レベルが上がり、なおかつ幸運の持ち主だったら、またオペラシティで拍手喝さいを浴びることはできるかもしれない。
価値をどこに置くかによるが、いずれにしても精進あるのみ。