完璧な演奏を目指す。
そう願いピアニストは毎日何時間も練習に時間を費やす。
確かに大切なことかもしれない。
でも、本番で間違わないための練習なんて本当に意味あるのだろうか?
一体それで何が作り上げられるというのだろう?
試験やコンクールで弾かなければいけない若い世代のピアニストには通じないだろうが、
本当に大切なことって、そんなところには存在しない。
それより、そんな練習を繰り返していたら、本当に大切なことを見失ってしまうだろう。
指をさらうより、音楽を見つめる、作品と対峙することにエネルギーを費やすべきだ。
そして、演奏には生命が宿っていなければならない。
いかにもおとといから同じことをやっていますという演奏は、いくら完璧でも魅力に乏しい。
少々傷があったくらいで、魅力が失われてしまうほどの内容、メッセージ性の薄い、完璧な演奏なんていらない。
安全な広い道を歩いているより、崖っぷちすれすれを歩いている演奏のほうが本気で魅力に溢れている。
血の通った人間じゃなきゃできない、温かい愛に溢れた演奏、その音楽の本質を根底からえぐる演奏、究極の美を表現している演奏、宇宙を感じさせる壮大な演奏に心惹かれる。
そんな奇跡の演奏に傷があったとして、少々ぶっ壊れていてもどうでもいいこと。
芸術って、そんなものじゃないかな。