最近、コミュニケーションについて考えることがよくある。

例えば、その人が自分に対して心を開いて、ある種の愛情と言えるようなものをもって接してくれているのか?それとも心を閉ざしているのか?

 

実際に発せられる言葉を通して、その人の心と言葉が一体となっているのか?口先だけなのかは誰しもが感じることだろう。

 

人は体が1つしかないから、かかわりあう人すべてに心を開いて愛情をもって接することは不可能だ。相性もあるかもしれない。

 

でも、例えば高価なものを買うときほど、人は慎重になる。そのもの自体に魅力がなくてはならないのだが、そこで思うのは、その売り手がどんな人かということも私にとっては重要な要素となる。

 

ただ単純に売ればいいと思っている販売員からは絶対に買いたくない。気持ちよく買いたいと思うのは誰しも思うことだろうと思う。損得勘定しか感じられない人は残念ながら多い。

 

私に対して心を開いて親身になれる人。

 

要するに根本的なところでその人が人に対してある種の愛情をもって心を開いているかいないか?ということだと思う。

 

演奏もしかり。

 

演奏の根本は聴いている人とのコミュニケーションだと思う。

 

要するに心を開いていない演奏に人は惹きつけられないのではないか?

 

レッスンもしかり。

 

教師と生徒の間に真のコミュニケーションが存在しているのか?

 

残念ながら、うわべだけの心を閉ざしてしまう生徒がいるが、そのような人に私の持っているすべてを出そうという気は失せてしまう。

 

要するに、人として生きるということの根本であり、それを心にとめて生きられない人は残念に思う。

 

 

 

 

 

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