世界中のピアノ教育現場で、まずは脱力ということを要求される。
脱力。
確かに大事なこと。
ただ、ある意味での理想的な脱力ができた演奏というものは、確かに上手いのだが何かが物足りない。
陰影に乏しく、非常に健康的な粒のそろった音が並んでしまい、芸術的には感じられないことがよくある。
私の思う脱力の定義は少し違う。
確かに脱力しなければならない部分もある。
私の思う理想は顔を洗うときに両手の手のひらに水をためる時を想像する。
5本の指先から手のひらまでの表面は少し緊張した状態だ。
その程度の緊張感を保持し、弾いていない指も弾いている指も少しの緊張感を残したまま弾いていく。
これにより、手のひら全体の安定が得られる。
弾いていない指を脱力してしまうと、軸がぶれ安定しなくなり、手の甲が固まりやすくなるように思う。
例えば、5の指だけ弾く場合、実は1の指の役割というものがある。
5の指だけでは不安定であり、特に1の指を意識することにより、もちろん1の指にある程度の緊張感があるのだが、そうやって舵を取るごとく手のひらの安定を作る。
他の弾いてない指も、いつも少しの緊張感があったほうが、始動するのにエネルギーのロスがない。いつでも弾く準備がある態勢だ。
以上のように、指先から手のひらまで、洗顔の時のような状態で鍵盤の上に、まるで八つ手の葉のように鍵盤を覆っている感覚が良いと思う。
どんな人にも社会で役割があるように、弾かない指にも役目がある。