ソルフェージュの聴音のような演奏は、音価が正しすぎて音楽的ではないと学生時代から思っていた。
そもそも3連符なんて、均等に弾くことは不可能な割り切れない世界を無理やり帳尻を合わせているようなものだ。
このような類の発言をすると、ソルフェージュを教えている方に異論を唱えているように思われるかもしれないが、正直そう思う。
音楽的な演奏と感じさせてくれる演奏は、和声感に基づいた自然なテンポのかけひきが存在するはずだ。特に古典の作品においてそれを表現するのは大変難しいのだが、非常に興味深いことでもある。
私の今まで教えてきた生徒たちの8割以上が、このことについて気が付いていない場合が多い。
だから今、皆に対してモーツァルトで鍛えている。
理想のテクニックと音楽の融合する奇跡を目指して。