人は生きる使命をもってみな生まれてきていると思う。それは何らかの使命であり、それが自分の人生の使命だということを幸運にも早くから認識できる者もあれば、人生の終わりに近づいて実感する者もいるだろう。
人生は紆余曲折しながら、様々な経験、境遇を経てクライマックスへと向かっている。
ふと思い出したが、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の最後、「イゾルデの愛の死」という曲を理解すると、あるクライマックスの1音に向って延々と音楽が行きつ戻りつ、もがき苦しみつつ安堵しながらといった具合に進んでいくことを誰しも感じるだろう。
「イゾルデの愛の死」に限らず、優れた音楽は時間の芸術であり、時とともにある1音へと向かって進む。それが当初の目的だということがわからないかのような始まり方であっても、行きつくところが必ずある。
私の使命は?
おそらくロシアピアニズムの持つ響きを研究そしてそれを伝えていくことなのかもしれないと本当に思えるようになったのはここ数年だ。
人の生きざまそのもを作曲家は音楽に込めたのだろう。