他人の演奏をとやかく言う前に過去の私自身の演奏はどうだったのか?

ふと考えてみると、今現在の感覚とは正反対の演奏をしていて、今となっては、私自身の過去を消したくなるほど恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。留学時代によく演奏を聴いてもらっていた友人が今でもドイツに住んでいるが、その彼がこの文章を読んだら笑うに違いない。もしくはやっと気が付いたか!と思われるだろう。彼の演奏は今でも覚えているが、私とは対照的に音に表と裏はもちろん、影や香りがあった。それはまさに詩的であり、芸術と呼ぶにふさわしい演奏だった。それゆえ、バシキーロフ先生にも高い評価を受けていた。彼の弾くベルクのソナタやショパンのバラード4番は忘れられない。

 

私は、今から思うと自分が本当にしたい演奏、自分の本音の気持ちを見ようとはせず、ただひたすら無心にしっかりすべての音を弾かなければならないという強迫観念が無意識のうちに存在していた。よって私の演奏はすべて「表の音」だったと言わざるを得ない。

 

なんと浅はかで稚拙だったのだろう!

 

同じ過ちを今の自分の生徒たちにしてはならないと心から思う。

 

日本のみならず世界中を見渡した時、「表の音」ですべてを弾くことが正しいと思っている若い学生であふれかえっているが、皆、このことに気が付いてほしいと心から切実に思う。

 
 
 
 
 
 
 
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