弾く時の感覚のこと。
従来のテクニックで弾いているときの音楽の解釈を考えたときに、目の前にある楽譜と頭で可能な限りの表現というものを考えていた。この「考える」という動詞がぴったりとくるような感覚。
それに反して、現在の私は違う。響きが現実として存在することになったのが大きいのだが、それまでが考えていたのに対して、「考える」という動詞よりも「感じる」という動詞が大きくなった。
以前は何かしようという意識が意図的に働いていたのだが、今は全然そのような意識はないに等しい状態で演奏する。
無我の境地に非常に近い。
それは奏法を変えたことにより響きが自然にどう演奏するかを教えてくれるようになったからだ。
頭で考える必要もなく、心が赴くままに演奏ができるようになった。
響きがイマジネーションを豊かにしてくれるのだ。
この感覚は、従来の奏法で弾いていた時には全くできずにいて、正直とても苦しかった。
「考える」が優先していたから。
「感じる」を行っていたつもりでも、実際に感覚が変わると「感じる」を行っていたつもりになっていただけだった。
このことは、生徒たちの演奏を聴いていると手に取るようにわかる。その生徒がどのあたりの境地で演奏しているのかが。
「考える」から「感じる」に移行する過程が非常に興味深い。
この感覚を皆さんにも知っていただけたら大変うれしい。