作曲家には、私が言うまでもなく、それぞれに個性がある。
時代や使用していた楽器など、社会情勢や環境はもちろんのこと、言語やそれぞれの感受性やピアノという楽器に求めていたものも違う。
全世界の教育現場を見渡して、私が感じるのは、文献などを読んで知識としての違いや、気持ちやイメージの違いという段階で留まってしまっているのではないだろうか?要するに思い込みだけのきわめて抽象的なとらえ方。場合によっては、恐ろしいことに間違った認識の可能性さえあるかもしれない。
バロック、古典、ロマン派、現代を弾き分けるのは出来てもそれ以上に踏み込んだレッスンがなされているのだろうか?
バッハとスカルラッティ。
モーツァルトとハイドンとベートーヴェン。
シューベルトとシューマンとショパンとリストとブラームス。
ドビュッシーとラヴェル。
スクリャービンとプロコフィエフとラフマニノフなど。
それぞれの持つ感受性からくる音色の違い、タッチの違いを具体的に示唆されているレッスンが、世界中を見渡して、どれだけされているのだろうか?
超一流のプロの演奏とは、そういうことができていると感じる。
一方、我が国を含め、国際コンクールなどを聴いていると、その大半は混乱状態と言っても差し支えないほど、曖昧すぎるように感じることが多々ある。
私の錯覚ならよいのだが。
私たちは、先人たちが残した伝統を受け継ぎ、後世に伝えなくてはならない義務がある。
私も含めて、このことについて自信を持って行っていると言える音楽家、それを示唆することができる教育者になりたいものだ。