留学して数年してからのことです。モーツァルテウム音楽院のドイツ人教授、アルフォンス・コンタルスキー先生のレッスンでのことです。曲は超シブいブラームスの2番のコンチェルト。
もちろん私は奏法改革前でしたから、従来の奏法で弾いていました。
ブラームスの2番といえば、オケとの掛け合いも多く、特に3楽章のチェロのソロは絶品で、いつ聴いていても私の眼に涙が浮かびそうなほど魅力的なフレーズです。それは非常に甘味であり、切なくもあり、後期ロマンティシズムの極致の逸品です。
さて、いつもレッスンでは私がスタインウェイを弾き、コンチェルトの伴奏は先生がベーゼンドルファーでお弾き下さいます。いつ何を持って行っても私より軽々と弾いてのけてしまう先生には脱帽でした!しかも、ブラームスの2番は先生もお好きらしくとても上機嫌でした。
いざ弾いてみると、聴いていただけの時とは大違い!
とにかく弾きづらくて!弾きづらくて!ヘトヘトになって弾いたものです。
3楽章までは何とかなったのですが、4楽章でアウト!
なんてことはない3度の連続音型が弾けないのです!結局4楽章は持って行きませんでした。
別の曲を持って行った私に先生は
「4楽章はどうした?」
「持ってこないのか?」とたずねられ、
私は最初「4楽章は病気で家で寝てます!」と答え
次の週には「4楽章はついに死にました!」と冗談ではぐらかしたものです。
今思うと、私にとって従来の奏法で弾くにはもう無理だったのです。
もう弾けない!
と思い知ったものです!
私の指の運動神経のピーク時を過ぎていたのだと思います。
中にはコンタルスキー先生のようにお年を召されていても弾けるのでしょうが、そのような人はまれだと思います。よほどピアノを弾くのには好都合な手をもって生まれた人だけができることで、大方の人は絶対に従来の奏法のままで弾いていると、いつか弾けなくなるのです。
それがいつか?は人により異なるようですが、一般に中年になると若い時のようには弾けなくなるのが普通のことのようです。
しかし、ロシアピアニズムの奏法は身体に無理がないので、いくつになっても弾けるようです。
中村紘子氏が70代になってもあのように弾けたのはレヴィン先生の下で奏法を1から変えたから。また、マルタ・アルゲリッチもしかりですが、皆奏法が良いのです。
良い奏法とは、言ってみれば戦国時代の武将「真田昌幸」の戦法のようなものです!!!
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