ここ数日、先ごろ亡くなった中村紘子氏の追悼番組を見ていて、なんとも一言では言えない複雑な境地に至っております。察するに、本当にご苦労をされてきたピアニスト人生だったに違いありません。私がまだ小学生のころ、ピアニストといえば中村紘子氏と言えるほど大きな絶対的な存在でした。ジュリアードに留学し奏法を1からやり直して帰国。既存の日本のピアニズムとは相反するものだった故に、その境遇は想像をはるかに超えたものだったに違いありません。雑誌に掲載されていた当時の彼女のレコード評は、残念ながらどれも辛辣な内容で周囲を取り巻く環境は悪意に満ちたものばかりだったように感じます。

 

それでも、一生をかけてご自身の思う道を貫き通したことは称賛に値し、二度と氏のようなピアニストの存在は日本には出てこないであろうと感じます。

 

1つ思ったことは、一生をかけて信念をもって続けること、貫き通すことの大切さです。

 

私もすでに25年以上のロシアピアニズム人生が経とうとしています。ここまで来たからこそわかる境地、感じられる境地、見える境地があり、それは私にとってこの世に生まれてきた使命でもあると感じられるようになったほどです。私の生徒たちの多くは私と出会って、このピアニズムを知っても、その多くはやめていきます。これは非常に残念なことです。何の分野でも極めるということには、時間と情熱が必要です。やめるのは簡単なのです。どんな試練に会おうとも、それを乗り越え一生をかけてやり続けてほしいと生徒たちの一人一人に思います。そうすれば、山登りと同じく、見える景色がどんどん変わってゆくのです。

 

中村紘子氏がお亡くなりになり、私自身のことと恐れながら共通する何かを感じ、そして生徒たちのことを思った今の心境です。





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