私自身も通ってきた道ですが、子供のころからチェルニーの練習曲を何年も練習しました。

 

そして、高校生になったとき、いきなりショパンのエチュードを弾かなくてはならなくなりました。それはそれは大変うれしいのですが、今から思うと何と大変なことだったことか!

 

今さら申し上げるまでもなく、チェルニーのピアニズムとショパンのピアニズムは全く違います。

 

チェルニーで育った私を含め、皆さんがショパンのエチュードに挑んだところで、根本的に無理があるのです。全く登山経験のない人が、いきなりエベレストに登ることと同じことかもしれません。

 

大抵の音大の受験では、ショパンのエチュードが課せられていますが、よっぽど生まれつき独立した指を持ち、指の関節が硬い手の持ち主ならいざ知らず、大抵の人には無理なことなのです。

 

日本の現状は、そのような限られた人たちだけが、難関大学に合格し、日本のピアノ界を引っ張っているのではないでしょうか?

 

そのような限られた人にとっては、チェルニーで育ってもショパンのエチュードに違和感なく移行できるのです。それゆえ、日本のピアノ界は変わらないのではないでしょうか?

 

そのような人にとって、ご自身は難なく弾けてしまうわけですから、弾けない人が、なぜ弾けないのかわからないのです。

 

ショパンのエチュードが弾けない、ひきづらいという人の方が圧倒的に多いと感じます。そのような人を才能がないと言って切り捨てている現状を考えると、何とも言えない感情が湧いてきます。

 

日本のピアノ界のエリートと呼ばれている人たちが、ショパンのテクニックの本質を勉強していない現実に対して憤りを覚えます。







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